記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

193 二次小説『アオのハコ』㉝ コミックス17巻 #145「やっぱり強ぇ」

「どういう教育してるんだ! バド部!」
「すみません!」
 頃は体育祭の五月。蝶野さんと大喜くんの生き生きとした掛け合いがあった。蝶野さんはこの前年の秋合宿で大喜くんから振られたけど、そうと感じられないほどきっぱりとした態度。その時私と大喜くんは恋人同士になって四ヶ月。気にする必要はないと思いたかったけど私には夢佳という苦い思い出がある。だからその日の夜、大喜くんの部屋にお邪魔して事の経緯を教えてもらうことにした。
「ごめんね大喜くん。面倒くさい彼女で」
「疚しいことはないから大丈夫ですよ。うちの新入部員が失礼をしただけで」
「じゃあ疚しいことだったら言えなくなるんだ」
「千夏先輩!」
 やっと私は気楽になれた。それなりの時間慎重に一歩ずつ歩み続けてきた私と大喜くんの仲、もっと自信を持っていいとやっと思えることが出来た。
 しかしです。これだと大喜くんが小説の語り手になり、大喜くんのことを主に私が語り手として進めてきたこの小説の趣旨に反する。それにこのエピソードは本来蝶野雛さんが主人公。ここは全面的に蝶野さんに語りを渡したほうが良さそうです。

「そりゃああのビチッとした格好には目がいくと言うか」
「はぁあ!?」
 そりゃあ私もそれこそ浅倉南の時代から、新体操のレオタードを世の男性諸氏がそういう目で見ていたことは知っていた。部の友達とそんな噂をしたこともある。しかし、面とむかってそんな失礼極まりないことを言われたのは初めてだったため、つい側にいた大喜に食って掛かっていた。
「どういう教育してるんだ! バド部!」
「すみません!」
 でも「悪名は無名より勝る」。彼の印象がこの時の私に強烈に残ったのは事実だった。そして「誰あいつ!?」と問いただし、大喜と匡からだいたいの概略を知ることとなった。同情はしない。可哀そうとも思わない。ただ大変だ、目の上のたんこぶだろうなと思いつくことが出来た。
 そんなバド部一年、遊佐晴人と私が少し関わるようになったのはインターハイ本番前、夏休みに入る直前、学校でテスト勉強していた時期だった。
「脳の限界がきたから休憩がてら飲み物買ってくる」
 新体操では主に身体の処理で使っている私の脳、テスト勉強という論理思考の連続で使い慣れていない箇所がオーバーヒート起こし、知恵熱を冷まさなければならない状況に陥った。そこで私が見たのは自販機が立ち並ぶ一角で熱心に勉強しているような遊佐晴人くん。実は私は初対面の失礼以外、晴人くんに対して悪印象を持っていたわけではなかった。確かに一つ年上の目ざわりのせいでバド部内で人望はあまりないらしいが、新入生ではトップの実力。部内戦を勝ち抜いてインハイ予選に参加できた唯一の一年生、その頑張りに秘かに敬意を表していた。
 でも勉強しているのを感心したかった私は甘かった。晴人くんが観ていたのはスマホの画面。映っていたのはバドのゲームだったのでした。
「新体操の…」
 確かに目つきは悪い。でもそんなことで動じる蝶野雛さまではない。
「テスト前に余裕だねぇ。勉強しなくていいの?」
「こっちの方が優先順位高いので」
「そっ」
 いいなぁ一年は。羨ましく思って自販機でドリンクを買い、たとえバドでも邪魔しては悪いと思い、私ははやくその場を退散して上げるつもりだった。でも訊きたいことがあったのは晴人くんの方だったらしい。
「先輩って、一年の頃から新体操でいい成績残してたんですよね」
 声も猫背で座っている姿も寂しげだった。彼が何を言いたいか何となくわかる。だから私は謙遜しても仕方ない、少し偉ぶって話に乗ってみることにした。
「一年生どころか昔から華々しいものよ! なんてったって蝶野雛さまだからね」
「どうしたらそういう人になれますか」
「え?」
「この前の大会、正直悔いしか残らなくて」
 デジャヴだ、これは一年前の大喜だった。
「一つ上のムカつく奴に勝ちたくて栄明に来たけど結果は惨敗で」
 大喜も針生先輩と組んだダブルスの一ゲーム目は健闘した。でもそこまで。県予選、シングルスの一回戦で当たったのが晴人くんの言う「ムカつく奴」。ストレート負けで大喜にとっての夏、一回目のインターハイへの挑戦は終わってしまった。
「あいつ最後になんて言ったと思います?」
 だいたい想像はつく。
「驚いた、上手くなってて、ですよ」
 晴人くんの表情、口惜しさがにじみ出るとはこの表情だった。
「自分は優勝してインターハイにも行くのに」
 悲壮感さえ漂う。でも私は晴人くんに、あの不躾な第一印象に戻してあげたいと思った。
「――それはぁ、ムカつくねぇ!」
 だからまずは隣に座り、同意してあげる。
「驚いたって何? 予想外ってこと? そんな眼中ありませんみたいなこと言われたら、頭掴んで顔面近づけて視界を私いっぱいにしてやるわ!」
 なんて言うのは冗談にしても、晴人くんの気持ちを少しでも軽くしてあげるのが先決だった。そして次に現実を突きつける。
「でも実際、一年ってのは大きいからね。私が活躍してるのも他の人より始めるのが早くて、昔からやってるのも大きいし」
 自分語りした後は「ムカつく奴」について。
「君が一年で成長するように相手にも練習した一年があって。筋肉なんかは15~18歳が一番つくっていう話があるから」
「じゃあ諦めろって話ですか」
 負けん気、そして焦ってる。焦るのも無理はない。じゃあ永遠に縮まらないじゃないか、そんな悲鳴とも怨嗟ともとれる感情、それが晴人とこの時私は気づいたのです。
「話は最後まで聞けぇい! 私がしたいのは大きい差を認識した上で、それでもやってやろうって思ってる人が、私みたいな人の地位を脅かすって話よ」
 その意味で私、蝶野雛は勝利に執着する千夏先輩とは違う。むしろ勝敗は時の運と上杉和也の件で思い知った、上杉達也と浅倉南の思いに近いかもしれない。
「目標はなんでもいい。炭酸のめる?」
「はい」
「一年生から活躍する選手になりたいでも。そのムカつく一つ上の人に勝ちたいでも」
 そしてここが大事。
「ただ強くなりたいでも」
 タイミングよく、まるでパワーをあげるみたいに三ツ矢サイダーを差し出してあげた。
「君にはいい見本もいると思うし」
 部内戦で当たるまで同学年の新入生と思われていた猪股大喜、それを大喜本人から聞いた時大笑いしたっけ。
「負けたって七転八起、ふとう…」
 えーと、この前知った…。
「ふ…ふ」
「不撓不屈?」
「それだぁ!! 強い意志をもってどんな苦労や困難にも、挫けないさま!」
 本当に他意はない。初めて長話した晴人くんに対して思いっきり笑顔を向けていた。プレイヤーである私ももがき苦しんでいる若者には応援したくなる性分だと気付いた出来事だった。
「がんばれ一年生、君の未来は長いよ!」

 有り難うございます蝶野雛さん。私のことについて語っていた所があり、驚いています。確かに私は日本に残った理由もあって、バスケへの勝利の執着は蝶野さんの新体操、大喜くんのバドよりもシリアスになっていたかも知れません。だからやはりエールは蝶野さんの役目、これが私たちからのクリスマスプレゼントです。
 私からもこれだけは言えます。
「みんな頑張れ!」

いいなと思ったら応援しよう!