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159 二次小説『アオのハコ』⑮ 第四話「あいつが勝ったら」、その2

 そして大喜くんのバド、まずはダブルスの地区予選前日。私は夕食が終わってから二階の自分の部屋でのんびりしてたけど、一階ではおばさんと大喜くんがにぎやかにやっていた。後から聞けば大喜くんが自分のジャージにポカリをこぼして慌てた声だったらしいけど、私はそれを聞いて心を落ちつかせることができた。
 大喜くんとは右足首にミサンガを巻き、それぞれの競技でインターハイを目指す同志。私も大喜くんのために祈る気持ちだったのですが、猪股親子のにぎやかな声を聞いて安心したのです。
 でもそれからしばらく経ったあと、下から風を切る音が聞こえた。間をおかずに連続して。ちょっと小休止があってもふたたび鳴る同じ音。気になって窓を開けるけど音が大きくなるだけで風はない。やっぱりと思って下を見下ろし、バドのラケットを振る大喜くんがいたのです。
 私は嬉しくなって階段を降りる。そうだよね、緊張するよね。私は大喜くんの気持ちが手に取るようにわかる。高校に入ってからの初めての公式戦。これまでは同じ部のなかで切磋琢磨してきたけど、明日からは自分のバドがどこまで通用するか、試される日々になる。多分中学とは違うという思いが先に立ち、素振りで気を紛らわせようとしている。そんな気持ちに私も経験あるから、励ましてあげたいと思ったのです。
 一階に降りて音のする部屋にむかうと外扉が開いて、素振りをしている大喜くんが見えた。上から、横から降りぬき、バドのラケットの網目に空気が通るときのヒュンともビュンとも聞こえる唸りが心地いい。でも大喜くんの振り、針生くんたち二年生に比べて力んでるように私にも見えたのです。
「こんな時間まで練習?」
 だから私は声をかけ、一休みさせてあげる。明日のことなんて今さらジタバタしたって仕方ない。でも実際問題として日が落ちるとまだ冷え込む時期。私は保温のために腕を組んで縁側まで足を運ぶ。そして暖かく大喜くんを見守ろうと思ったんだけど。
「体動かしたくて、素振りを」
「大喜くん、シャツ裏表だよ」
 つい気づいたことを言ってしまったのです。大喜くんは恥ずかしがってあわててTシャツをぬぎ、私は大喜くんの裸の胸とお腹を見てしまうことになった。ああこれか、私は自分の顔がほてるのをわかり、大喜くんが屋上での私の着替え、別に肌を晒すわけでもないのに動揺した理由を知ったのです。それも互いに好意を持っている異性の身体やしぐさに気まずくなるのも当然だったと思うことができた。
「あ、すみません!」
 でも私は年上、大喜くんを励ますためにわざわざ降りてきた。心臓の拍動を自覚できるほどだったけど逃げ出すわけにはいかない。でも大喜くんの上半身、私の脳裏に焼き付いてしまって。
「大喜くんってー…」
「はいっ!」
「腹筋割れてるんだね」
 何言ってんだ私! すぐに言ったことの恥ずかしさを自覚する。でもその羞恥心を強引に押し殺し、思ったことを言いつづける。もちろん大喜くんに目はむけられない。
「いつも筋トレしてたもんね。針生くんも大喜くんの体できてきたって言ってたよ」
「でも筋肉がついたからってバドがうまくなるわけじゃないし」
「うわ。卑屈ぅ」
 私としては上手くいったと思う取り繕いに返ってきたのは自己卑下の言葉。バドも基礎体力を上げる必要があるからちょっと威張ってもいいのに。だから私は大喜くんにスキンシップのプレゼントをしたくなったのです。
「大喜くん、こっち来て」
「何ですか?」
「ひゃくえ」
 私は右手人差し指で、大喜くんの頭頂部をちょっと強く押してあげたのです。
「えっ!!! 何!!??」
「百会って頭のツボでリラックス効果があるんだって。前日に慌てたって仕方ないし。頑張ってきたのは事実なんだから」
 大喜くんの表情がやわらいできた。でも私はまだ不安だった。私に似て真面目な大喜くん、私はもっと言葉をあげたかった。
「余計なこと考えないでただそれを発揮してくること。分かった?」
「はい」
 この大喜くんの表情で私は満足すべきだった。でも私はいい気になり、心に隙ができてしまったのです。
「それに大喜くんには来年も再来年もあるんだし。これからもっと強くなるよ」
「それじゃダメなんです」
「え?」
 大喜くんは冷たいと言えるほどの真面目な目を私にむけていたのです。
「おやすみなさい」
 それは私に背を向けての言葉だったけど私に振りむきもしなかった。それで私は残念をかぎ取ったのです。「先輩はそんなこというんだ」。そんな私に対する失望……。どうして? 私の自己満足だったの? 考えろ私! 今度は間違いなく私の失態だ!
 あ……。私は思いつけた。もしかしたら再来年に反応した? 再来年は大喜くんは最高学年だから一年先輩の私は栄明を卒業してる。「それじゃダメなんです」。そうなんだと、私とのミサンガの仲をそう思っていてくれているんだと、大喜くんのもしかしたら無謀とも思える想いを私は察することができたのです。

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