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184 二次小説『アオのハコ』㉙ 第八話「一本っ!」、その3

 ここで話しをわかり易くするため、大喜くんのダブルスから振り返りたいと思います。いくら佐知川の兵藤さんが超高校級で高校の試合で無双だとしても、ダブルスなら話しは別。現に針生くんと組んだ試合で1ゲーム目はいい勝負ができていたという。
 それは栄明のバドの同僚ではなく、佐知川の選手、今シーズン一年生ながら県予選に出場していた遊佐くんのコメントだから説得力がある。遊佐くんが観始めた時点で16対9だったけど点差ほど差はないと。ラリーは続いていたし針生くんはもちろん大喜くん、遊佐くんはこんな言い方しなかったけど、結構厳しい羽根を拾っていたと。さらに責められても針生くんが上手く処理していた。この栄明のコンビが足りなかったのは決定打だったと。
 そして21対16でコートチェンジ。大喜くんと針生くんは1ゲーム落としたことを引きずらず、2ゲーム目に集中しようとした。そして二人とも頑張っていたと遊佐くんは言ってくれた。しかし遊佐くん、佐知川を舐めてもらったら困る、対戦相手の栄明ペアのためにもと言ってくれた。
 そもそも2ゲーム先取のスポーツの場合、挑戦者が1ゲーム目を落とすのはとてつもなく痛い。そこから逆転のパターンができるのは王者が1ゲーム目油断したか、立ち上がりが遅い地力がある選手か、ゲーム中に急成長、覚醒した場合と私でも分かる。
 ましてや佐知川。そして兵藤さんの相方の館山くんはその冷静さが売りだった。だから1ゲーム後の小休止で冷静さを取り戻せば、その冷静な計算高さ、コンピュータによって対処方法を発見してしまう。そこに兵藤さんのカンストを加えれば、これに勝つのは奇跡、万に一にもないと私に言ってくれたのです。
 そして、運の悪いことにダブルスの翌日、大喜くんのシングルスの1回戦の相手が、私に今回改めて当時の試合の解説をしてくれた遊佐くん当人だったのです。21対11、21対13、大喜くんが思い出して言ってくれたことには、「一歩先をいかれる。まさにそんな感覚だった」。これは今回の取材ではなく、大喜くんの二回目のインターハイ挑戦の前に言ってくれた言葉でした。
「あれ? 終わったの?」
 それを茫然自失で観ていたのが蝶野さんだった。明かりのついたコンビニで大喜くんの唐揚げを無断でつまんだ日、雛ちゃんは捨て台詞をしていた。
「最終日差し入れ持って行ってあげるから、ちゃんと勝ち残りなさいよね」
 雛ちゃんは約束通り来たのは良いけど、いきなりの大喜の試合の終幕に納得いかなかった――。
 本来は以前の新体操編のように蝶野さん自身が書くべきエピソードです。ですが私からの再三お願いを蝶野さんは勘弁してくださいと、他の話しは書ける自信はあるけどこれだけは全く筆が進まないと、逆にお願いされてしまったのです。私に話せるなら書けそうな気がするけど、書くとなるとあの時の大喜への感情が溢れてしまい、それをどう文章にすればいいのか途方に暮れてしまうと言ったのです。そこまで言われたなら私は蝶野さんの聞き書きの話しを私の言葉で語るしかない。これから暫くはその体裁で書き綴ることにします。
「蝶野さん」
「匡くん… 。ねえまだ試合あるんだよね?」
 蝶野さんは匡くんにちょっと非常な雰囲気を見たという。お互い高校生でありながら勝負の世界に身を置く人間、だけれども、蝶野さんにいつも見せているバカキャラで陽キャ、そしてバドで頑張っている姿を部活の日はいつも見てるから、一瞬ともいえる時間で終わってしまった大喜の県予選に納得いかなかった。
「ブロックごと総当たりみたいな。大喜まだエンジンかかってなかったみたいだし」
 それに応えてくれたのは二年の西田くんだった。
「ないよ、そんなの」
 蝶野さんもわかってた。敗者に同情はいらないと。でも。
「でも…。大喜…頑張ってたのに」
「君も選手ならわかるでしょ。大会は一瞬。自分のプレー出来るかどうかも実力のうち」
 そんなことは蝶野さんもわかってる。
「頑張ったから、努力したからでは評価されない」
 そんなことをこの蝶野雛さまがわからないとでも思っているのか、感情が口惜しさだったら西田くんに食って掛かっていたと言ってくれた。でもその時は悲しかった。家族やクラスメイト、私を観てくれていた観客は私が負けたとき、こんな感情になるんだと、そのことに今さら気づいた。雛ちゃん、自分も新体操バカだったけど、周りの思いに気づけない本当にバカだったと自嘲した。
 でも会場に来て大喜の負け試合を見届けた以上、会って話しをしなければならない。だけど、ロビーの椅子に座って佇んでいる大喜を観て、蝶野さんは、自分は何と言葉をかければいいのか? 多分初めて見かける大喜くんの姿、思い浮ぶのはいずれも不釣り合いのものだった。
「声かけろよ。だるまさんがころんだでもやってるのか」
 だから大喜の方から切っ掛けを作ってくれた。その優しさに気づかないほど蝶野さんはにぶくない。
「そんな子供っぽいことしません!」
「いつもしてるだろ」
「そんなこと言っていいのかなー? せっかく差し入れ持ってきたのに」
 蝶野さんは救われた。だから無理してでも軽口モードで大喜と話したかった。
「え。本当に弁当作って来てくれたのかよ」
 実はその時、蝶野さんは本当に大喜くんのために作った手作り弁当を持ってきていた。そして一瞬、ご苦労様、次があるよという意味でそれを出そうと思ったという。でもそれで大喜が喜ぶか? 私、鹿野千夏より長い付き合いの蝶野雛さんはそう思って考えを変えたのです。
「そう思ったけどめんどくさいから市販のお菓子!」
「わー生き延びた! 安心して食べれる」
「なんか言ったかい?」
 雛ちゃんはそう突っ込んで空気が重くならないように心掛けた。それで安心したか、大喜は心の内を語ってくれた。
「正直さ。俺の実力じゃIHは難しいって考えたこともあったんだけど。けど目標が高い方が頑張れるというか」
 大喜らしい。蝶野さんは誇らしく思えたという。
「目標に向かってとにかくやるしかないって気持ちになるし。実際上手くなったと思う」
 実際、私鹿野千夏(ここだけは鹿野のコメントとします)から遠目に見ても、一年生では栄明一番のスキルと思えた。
「針生先輩から1ゲーム取った時なんか本当にIH行けるんじゃないかって思ったりしたけど。それって結局」
 その次の言葉、何でそんな言葉を言えるのか、大喜の真っ直ぐさに蝶野さんは当てられた。
「自分のこと見えてなかったってことなのかもな」
(そうやって前だけ向いてがむしゃらに頑張る所が大喜の良い所じゃん)
 大喜はきっと強くなる、そう思って蝶野さんはバドのシングルス、県予選会場を後にした。ここで蝶野さんからの聞き書きは終わりです。

 だからその決勝、針生くんと佐知川の兵藤さんの結果を私、鹿野が知ったのはその夜遅く、花恋からの連絡でだった。結果は今回も兵藤さん。針生くんは兵藤さんとの連敗記録を止めることは今回も出来なかったのです。

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