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189 二次小説『アオのハコ』㉜ 第九話「応援するよ」、その2
私はうつ伏せの大喜くんがこちらに顔を向けたのにすかさず手をあてた。うつ伏せに身を乗り出して。おでこに当てた左手からつたわる熱さは大喜くんが頑張ってきた証拠。勝っても負けても戦いが終わったら戦士の休息、休みが必要なのです。
「千夏先輩!? ダメです! 俺、今、体調悪くて」
大喜くんは何を怯えたか、後ずさってしまう。いや、大喜くんの考えていることはわからなくもない。
「移ったら大変なので出てって――」
「いいから。病人は静かにしてなさい」
運動部女子を舐めるなよ。そのために一呼吸おいてから入って来たんだし。
「はい」
よろしい。声にはしなかったけど私は微笑んでその場を後にしたのです。そして階段を降りて冷蔵庫を開ける。由紀子さんの食材管理が優れているのか、大人数なのに使い残しがあまりない。それでもうどんがいくつか物入れにあり、長ネギが野菜室にあった。満腹にはならないと思ったけど食欲がないだろうからちょうどいい。しょっちゅう部活やってたから台所に立つことはあまりなかったけどその数えるほどでも由紀子さんと一緒。私は初めて私一人での手料理を大喜くんに出すことができたのです。
「はい」
私の呼びかけのノックに大喜くんは答えてくれ、私は片手でドアノブを開けたのです。
「うどんがあったから。とりあえず何か胃に入れよ」
「うど…はい」
「由紀子さん帰るの遅いみたいだから。簡単なもので申し訳ないけど」
体力が消耗してるから何でもいいからエネルギーを取り入れるのが肝心。私は丁寧より早さを優先したのです。
大喜くんは上半身は起こしたけど起き上がることはなく。うどんの丼を乗せたトレイを自分が入っている布団の上に乗せたのです。私はベッドの脇に三角座りする。座りざまに大喜くんを見るとフーフーしたあとうどんを口に入れてる。部活のときの真剣で一途で元気、あるいは気遣うことになってなかなかフランクになれない私とのおしゃべりと違い、何て無防備。大喜くんの新たな一面を見れて嬉しくなってしまう。
「他にも欲しいものがあったらいってね」
「ありがとうございます」
私はかぜ薬を箱から出していたけど、大喜くんはそう言って黙ってしまう。私は大喜くんと一緒にいれて嬉しかったけど、大喜くんはどう振るまったらいいかわからないのだろうと思うことができた。
「ん?」
そう促したらやっと言ってくれた。
「あの…ほんともう大丈夫なので、部屋戻ってもらっていいですよ」
そんなことは私にもわかってる。でも私は大喜くんの県予選が終わってからのすれ違いを一気に解消したかった。
「大喜くんが寝るまでいるよ。体調悪化するかもしれないし」
「でも眠くないですし…」
「じゃあ少しお話ししてもいい?」
私はここと思った。
「ほら大会とかテストで最近話せてなかったし。それに大喜くん言ってたでしょ。大会が終わったら私に質問があるって」
でもまだ私は大喜くんから訊かれてない。だから具体的な内容はともかく、どういう類のものかは推察が付く。
――
案の定、大喜くんは黙ってしまって、
「ほんなこと言いましたっけ」
「あ、しらばっくれる気だ」
私は軽く突っ込む。
「そんなことないですよ」
「じゃあ私から質問していい?」
大喜くんを追い込むつもりはない。ただ大喜くんをもつと知りたい。楽しい会話をしたいと思ってた。ただし、この状況では矛盾しかねないこともわかっていた。それでも私には訊きたがったことがあった。
「はい…また…?」
「このあいだバド部の目標が書かれた張り紙を見たんだけど」
バド部では県予選が終わって一学期の期末試験が始まる前、各自これから一年の目標を掲げる習わしがあった。私はその日利うちに大喜くんの目標を確認していたのです。
「大喜くんならIH出場つて書くと思った」
実際に書いてあったのは「スマッシュの精度をあげる」。私にはそれがちょっと残念だった。
「あれは――試合でスマッシュが決まっていればって思う所がいくつもあったし」
そして大喜くんは言ってしまったのです。
「IHは俺には遠すぎたのかもしれないと思って」
気持ちは痛いほどわかる。でも! 私はその時そう思ったから、それに続く言い訳は、私は全て覚えてるけど、ここでは書かない。ただ最後の卑屈な言葉だけ。
「身の程知らずだったのかもって…」
なぜならその言葉で私は笑ってしまったから。
「えっあの、笑ってます?」
「ごめんっ」
私はすかさず謝る。バカにしたい訳じゃなかった。
「大喜くんもそういうこと考えるんだね」
そして食べ終わったトレイを渡してくれた。
「いや考えてるとは思ったけど」
私だってそうだ。態度や日頃の振る舞いは明るくして手も私もシリアスなことを考えている時がある。そして私と同じように。
「表に出さないイメージだったから」
「そんなことは…」
やっぱり身体の調子が声に表れてる。
「いいじゃん、NEW大喜くん。はい薬飲んで」
看病してあげるのもやっぱり大喜くんは元気でいて欲しい。
「遠くの目標を持ちつつ近くの自分も見れば」
大喜くんに必要なのはそれだと、私は確信できたのです。だから私は自分の過去を告白できた。
「大喜くんは覚悟って言ってたけど。身の程知らずなんじゃないとか、ムリかもしれないとか。私もずっと頭の片隅で思ってたよ」
本当の私はそんなに強くない。でもそんな私を自覚してたから何とかやってこれた。
「覚悟がプレッシャーになって、妥協したらどんなに楽だろうって。そんなこと考える自分も嫌になって。だけどIHに行きたいっていうのがあったから朝一番に起きれた」
中三の心のこり、昨年の口惜しさが私の原動力だった。
「だから私はこうしたいこうなりたいがあるならそれを大切にしてほしい。遠くの目標を持つことを怖がらないで欲しい」
いや、怖いっていう気持ち、痛いほどわかる。それでも! とはいってもこんな偉そうなこと、面とむかって言えることではなかった。殆ど私に言い聞かせた言葉だった。
「どんなに身の程知らずでもそれが努力する原動力になるならそれで十分だと思うし」
目指すのは自由だろ、それで目指したのが今年のIHでしょうと、お姉さんっぽく言ってしまいたい気持ちもあった。でも私はその気持ちを殺し、私が言われたかった言葉をあげたのです。
「そういう人を私は応援するよ」
それを聞いた後で大喜くんは咳をしてしまう。
「大丈夫?」
「はい」
「ごめん。もう寝て…?」
私も喋りすぎたと自覚した。いや、自分の心の内を晒けだし過ぎたという意味じゃない。そうではなく、私の話しは病人の大喜くんにはいささか負担になってしまったという意味だつた。ここで潮時だ。私も言いたいことを言えたので休ませてあげたかった。でも大喜くんはまだ上半身を横たえずに言ってくれたのです。
「張り紙…書き足しておきます」
その瞳は明るくなかった。険しく真剣だった。それで私が言わせた形になったと思った。それでも大喜くんなら自分の言葉にできると信じれた。
「了解」
だから私も真面目な気持ちで応えたのです。
「それじゃ片づけてくるね」
いい加減長居し過ぎた。私はトレイを持って立ち上がろうとした。
「俺持ちますよ」
「いいから寝てて」
「でもっ」
病人が無理する! 私は叱るつもりだつた。でも大喜くんは床に付けた両足で自分の身体を支えられなかった。バドでそれなりに身体が大きい大喜くんはエネルギーの消耗が激しく、またベッドに、今度は仰向けに倒れ込んだのです。
私はと言えば倒れるのがベッドだから問題ないはずなのに大喜くんを支えたく右手を伸ばし、結果的に大喜くんに覆いかぶさる形になったのです。
至近距離。私は勿論自覚していた。それは恋人でしか許されない距離。でも私は、そして大喜くんもその距離から離れるのを惜しんでした。ただ私は大喜くんに乗せてしまった私の上半身のふくらみを咄嗟に離すことはした。
だから顔同士の距離は遠のいたけど、私と大喜くんのお腹の横は服を介して接触し、私の左手は大喜くんの上半身にかかったままだった。
「あ」
「すみ、ません。フラついてしまって…」
私は大喜くんの右肩の下に乗せていた左手を大喜くんの顔に移し…。私はその口に触れたかった。
「え――?」
それは大喜くんが実際に発したか、それとも心の声を私が受信したのか、今となってはもうわからない。