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195 二次小説『アオのハコ』㉞ コミックス17巻 #152「大切だからこそ」

「本当にごめんね」
「遠征じゃ仕方ないですよ。自分のこと優先してください」
「でも…すごく大切な日なのに」
 何が困るって、大喜くんが言うことはいつも正しいことだ。でも他人、たとえ恋人の言うことでも妄信することはかなり危ういことだから、大喜くんの言葉の意味を一人になったり部屋に帰ってから吟味することがあるけど、そういうことなんだと得心するのが殆どだった。どうやったらこんな素敵な子供が育つのか、私はそういう考えを日々している。
「千夏先輩も今頃練習してるんだろうなって俺も頑張るので」
 その考えが本当に本心のものとわかっているから私は無性に嬉しい。それでも私は素直に言葉としても表情としても表現することが出来ない。
「それでもインターハイの応援には行きたかったよ」
 多分大喜くんが思ってる何万倍も――。
 そもそも私が大喜くんの赤くなったおでこに手を当てたことをプロローグとし、大喜くんの右足首にミサンガを結んであげて始まった私と大喜くんの物語、ミサンガの約束がまさにインターハイだった。
 お揃いであることも見せ、それは大喜くんと恋人になりたいという淡い期待があってのことだった。その二つが叶った今、恋人の晴れ舞台を見れないほど残酷なことがあるだろうか。しかし漸く私にも、私と大喜くんに運命の女神がいるなら相当残酷な女神と気づくことが出来た。ならば私も夏の雪辱を晴らすため、今回の遠征に注力する覚悟はできていた。
「来年!」
 これが大喜くんだ。
「来年はもっと強くなって遊佐くんにも勝って一位でインターハイ行くので! 来年こそ一緒にいきましょう」
 いつだって好きになってくれた私に言葉を与えてくれる。
「うん」
 それに対して私は固く頷くことしかできない。でもそれだけでは私自身が納得できない。だから私は久しぶりに精一杯の感情を込めて大喜くんにハグしたのです。
「どどどどっどうしたんですかっ急にっ」
「約束だよのハグと。頑張ろうねの気持ち」
 やっぱり大喜くんのおでこに初めて触った日から、私は大喜くんに触れていなければ精神の安定を保てない体質になってしまったのだと思う。昨年のインターハイ本番での敗北で思いつき、今年の県予選の三回戦でいやというほど思い知らされた。
 昨年は県予選突破までは順風満帆だった。でも大喜くんが風邪でダウンして私から急接近し過ぎ、いろいろ経緯はあったにしてもあの時私の方から線を引くことになってしまった。そのため周囲からの期待とプレッシャーを押し返すことが出来ず、ミサンガも切れて二回戦敗退してしまった。
 今年の県予選は監督も含めて驕りもあった。そして夢佳を甘く見過ぎた。体力的にはハンデはあってもそれまで私と培ってきたセンスと技術、戦術に関する知見は相当なものだ。私はそれをわかるべきだった。どこかで「夢佳一人が頑張っても」という見くびりがあったと認めなければならない。
 でも上杉和也の明青学園の例でも分かるように、スター一人の去就でガラッと変わるのが高校の部活。それを忘れてたのは多分私に余裕がなかったから。そして私に余裕がなくなっていったのは父からの電話のプレッシャーとともに大喜くんを摂取していなかったからと後になって気づいた。
 本来はまだ秘密にしていたとはいえ恋人なんだから、大喜くんもインターハイ本番のために忙しいとは言っても電話でもして助けを求めるべきだった。少しでも言葉をもらえれば夢佳との対戦も冷静になれ、ブランクの差を見せつけることさえできたかも知れない。しかし今年の県予選は悪い意味での私の実直さが出てしまい、私自身の途中退場による栄明三回戦敗退というたくさんの悔いが残る結果になった。
 これで私はもう懲りた。私は大喜くんに触りたくなったらいつでも触る。声を聞きたくなったら電話する。自分から声をかけづらいならケープくんのスタンプがある。私と大喜くんの仲、関係、どうやって始まって育んでいったのか、それを思い出せば私がパワーを取り戻せる方法は明らかだった。
「――と、ちょっと触りたくなったの」
 花恋から変態ちーと思われても構わない。私が好きなバスケで活躍するため、私は大喜くんの広い胸板に私の上半身の二つのふくらみを押し付ける。今は暑い時期だから二人とも薄着。これまでよりダイレクトに伝わってしまうことは覚悟していた。
 そしてハグを解き、殆ど同じ目線の高さで見つめ合い――、?
 ぐぐぐぐ?
「…俺、結構我慢してるんですけど。わかってもらえますか……?」
「へぇっ!?」
 やっぱり私はバカだ。やりすぎた。
「それは…えっと…」
「あ、いやっ。ほらだって俺にはインハイが。先輩には受験にウィンターカップがっ」
「切り替えていこう!」
 大喜くんがそう白状してしまった以上、私もそう言うしかない。でもと、私も大喜くんという好きな男の子をもつ女の子として思う。我慢しなくていいのにと。一回川べりでそれらしいことを少しして以来、ハグ以外で恋人らしいことをしてこなかったのが私と大喜くんだった。
 でも身もふたもない言い方をすれば大喜くんは動物の牡で私は動物の牝。しかも同じヒトという動物。そして一番盛る高校生というお年ごろ。私だってそれこそ恋人になる前から、なれたあとでも変わりなく、自分の愛しい所を自分の手を大喜くんの手と思って可愛がることが日課になっていった。だから慎重は私を大切に思ってくれることだからもちろん嬉しいけど、傍若無人な大喜くんも見てみたいというない物ねだりも思ってみたりする。
 でも今は今の大喜くんに従おう。
「大喜っ」
 そして振り返り際に、立てた右手人指し指を見せて言ってあげたのです。
「一本!」
「ひゃくえ」
 大喜くんは照れくさく、自分の頭頂部に右手人差し指を押し当ててくれた。それは正に私たち、私と大喜くんの再出発の合図だった。

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