147 二次小説『アオのハコ』⑥ 第一話「千夏先輩」、その4
大喜くんから嬉しい言葉をもらって自分の判断に確信をもてた日の翌日は日曜日。でもいつもの日曜日とは少し早く私は起きる。それはうちの両親も一緒で、本当に軽く朝食を食べ、三人で身支度を整える。といってもこれから長いあいだ私がお世話になるところ、まったくのよそ行きの服装にする必要はなかった。
そう、この日は鹿野家の家族と、先方のご両親が待ちに待った、私をその家に住まわせてもらうためのご挨拶の日だった。私は大喜くんに告げた通り日本に残ることになったけど、それを実現するためには私の並々ならぬ覚悟が必要だった。
まず両親にどうやって説得するのか。私には前々から日本に残るならこうしたいという夢の計画案があった。それは大喜くんが全国に行けなかった私の口惜しさを思いだしてくれたおかげで、実現すべき私の目論見になったのです。
でもいきなりお父さんとお母さんを相手に打ち明けるには荷が重すぎる計画でもあった。だから私はまずお母さんを味方につけることにしたのです。何でも相談してきたお母さんにやっぱり日本に残りたいと、そのためにこういうことをして欲しいと告げたのです。お母さんは私のいつにも増して真剣な表情、そしてその計画がそれほど困難なものでないとわかってくれて、抱きしめてくれて本音を言ってくれてありがとう、千夏の好きなようにしなさいと言ってくれたのです。
それからは私のお母さんが先方のお母さんと一緒に奔走してくれた。学校への説得は私も含めて三人で、私の父の海外赴任も私がインターハイに賭けているのも、切実なものとして説得してくれた。幸い似たケースが栄明の設立間もない時期にあり、事後にどういった条件で許可をだすべきか規定が定められていたので、私はそれを読むことができたのです。
パッと見には細かい規定に圧倒されそうになったけど、一つひとつ落ち着いて読めば私のそれまでの学生生活そのものの条件ばかりで、納得できるものでした。だからその場で同意することができたのです。
その勢いをかって今度は先方のお父さんの説得。仔細もらさない計画案に反対する理由がないと言ってくださり、数回会ったことのある千夏ちゃんのためならと同意してくれたのです。そう外堀を埋めたうえでの私のお父さんへの説得。お父さんは自分に相談してくれなかったことを残念がっていたけど、
「でも、あなたに最初に相談したら反対したでしょ?」
という妻の台詞に反論しなかったのです。そしてお父さんは学校関係者との取り決めをふくめて反対できる要素がないとわかり、一人娘の私を全面的に応援すると言ってくれたのです。そして両家の家族の正式な顔合わせ、それは猪股大喜くんが私のために海外行きを止めてくれる、その翌日と決めてあったのです。そう、私がこのとき大喜くんに、「知り合いの家に住まわせてもらうことになって」と言ったときの知り合いの家、それはまさに猪股大喜くんの家、猪股家だったのです。
通勤・通学よりは遅い時刻に鹿野家をでた私たち三人は歩いて猪股家に行く。車で行けば時間がかからないけど歩いて行けない距離でもない。それに大喜くんを驚かせるためにも、お父さんのこれからの仕事を話してもらいながら、楽しくゆっくりと散歩程度の距離を歩いたのです。
そして着いた猪股家。待っててくださったご両親は軽いノックで開けていただき、こっそり私たち三人は猪股家の敷居をまたぐ。そして鹿野家の三人と猪股家の二人、五人そろって猪股大喜くんが起きて降りてくるのを今か今かと待ってたのです。
結局大喜くんが顔を見せたのは9時40分すぎ。早朝自主練と比べてずいぶん遅い起床と思ったけど、あとで大喜くんのお母さんにきいたら休日はこんな時間とのことだった。そんなことを気持ちの片隅におきながら、私は大喜くんにここにいるのが当然という笑顔をむけたのです。
「おはよう!」
「なんで、千夏先輩が俺んちに…」
「あら大喜、起きてたの」
そこで助け舟をだしてくれたのが大喜くんのお母さん。
「前に話したでしょ、こちら鹿野千夏ちゃん」
だから何、と大喜くんは戸惑ったという。それはそう、大喜くんが高校の体育館に出入りするようになってから知り合った一歳年上の女性が、なぜ家の台所にいるのか、このときまで蚊帳の外だった大喜くんにわかるはずもなかった。だから大喜くんのお母さん、一人息子に決定的な言葉を告げたのです。
「春からうちに住むことになったから」
そこまで言えば勘は悪くない大喜くん、全てのパズルのピースがはまり、事の全貌を把握したのでした。
「よろしくね」
「なんだってぇぇ!??」
それが猪股家での私と大喜くんとの会話の初めだったのです。