「よっぽど疲れてたんだな」男子発言ノート27
確かにその日は疲れていたけれど、そうじゃなかった。
演劇の公演を控えて大詰めだったある日の帰りの電車の中。
家の方向が同じでいつも一緒の電車で帰っていた役者の男の子の肩に私は、そっと耳を当てるように寄り掛かった。
彼の肩がちょっとビクッとなって、驚いたよねそりゃと思って、ものすごく疲れている風に目をつむったまま「ちょっと寄り掛からせて」とため息混じりにお願いした。そうでもしないと、どうしても今彼を求めてしまっている気持ちが恥ずかしさに負けてしまいそうだった。
座高が二人ほぼ同じなのか、彼の肩に乗せた首を私はほぼ直角に曲げなくてはいけなくて、やべッ全然ラクじゃない! かえってしんどい! こめかみに肩の骨当たって痛ッ! と人生初の肩枕は夢見たものとは全然違っていて、やるなり後悔した。それでも、私にとっては彼への告白みたいなこの行為、今さら引き返すことはできなくて。そのまま乗り換えの駅まで首の痛みに絶えだえ眠ったふりを貫いた。
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作・演出を担当していた公演の稽古の日々で、じぶんが先導切って矢面に立って気を張り続けていなければならなくてめっぽうへろへろな中、誰にも弱音を吐けない立場で甘えられないのはその舞台の出演俳優である帰り道一緒男子に対しても同じだった。
だけど好きだったんだ。ちょっとヤな奴だったけど「出会いはサイアク! なのにどうして!? いつの間にかアイツにドキドキ……LOVE♡」みたいなラブコメの王道よろしくコロッと堕ちてしまった。好きな俳優ベニシオ・デル・トロにも少し似てたんだ。
で。オトコの人が命の危険を察した際に子孫を残す本能がギンギンになるみたいな……もんかどうかわからないけど、すっごくへろへろに疲れていたその帰り路に、私もそんな捨て身の行動に出てしまったのだった。
彼に受け入れてほしかった。こんな私だけど、私のことそんなに嫌いでもないよね? と勝算こそないけど、情に訴えかけるダサダサな戦法に出てみたのだった。
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その日、確かに私はひどく疲れていた。
だけど、乗換駅で彼と別れ、地元の駅に着いて原付スクーターで自宅まで走りながら、やけに清々しさを感じていた。夜風がいつも以上に涼しくて、いつもは感じたことのない髪の毛やピアスの揺れを感じて心地よかった。そう……なんと、ヘルメットを被っていなかったのだった!!
気づいた瞬間、驚きおののき、すぐさま路肩に原付きを停めた。疲れすぎてヘルメットを被るのを忘れ、ノーヘルのまましばらく走行していたのだった。あっぶねえ。
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翌日、稽古場で女優が心配そうに話し掛けてきた。
「おつかれー。聞いたよ、昨日帰りに◯◯に寄り掛かったまま寝ちゃったんだって? "よっぽど疲れてたんだな"って◯◯が言ってた」
……言うな。泣
このとき以来、私はどんなに好きでも、誰の肩にも、もたれ掛かったことはない。居眠りして見ず知らずの他人様の肩にカクカクする以外は。
でも、まぁ。生きてて良かった。ノーモア、ノーヘル。
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漫画『男子発言ノート』第9回「よっぽど疲れてたんだな」なんて(漫画:つきはなこ/原作:大島智衣『男子発言ノート』)
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