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それは言ってほしかった - 好きにならずにいられてよかった〈6〉

誰かを好きだという気持ちに気づいたら、相手に想いを伝えるべきだ。
しかしもっと早くに、気づいたらすぐに言うべきことがあると思う。

ある日の午後イチのファミレスで。
映画監督と脚本家の男性二人とひとしきりおでこを突き合わせながらシナリオ会議をした後、一旦トイレに立った私は自分の顔を鏡で見て、ひぃっ!となった。

全開のおでこの左右それぞれに、1センチ角ほどの白い紙くずがへばりついていたのだった。ひぃっ!

それはさっき、お昼にひとりで熊本桂花ラーメンをおいしく平らげた時に、吹き出した汗をぬぐったペーパーナプキンの紙切れに違いなかった。

なんで言ってくれなかったんだよう!

しかし咄嗟に、さっきまでおでこを突き合わせていた男性二人の内心これいかばかりか、と思うと更にひぃっ!

けどさ、こちとら、お婆ちゃんがトクホンこめかみに貼ってるみたいになっちゃってんだよ?  言ってくれるべきじゃなかったの!? ……それは言ってほしかった。

いや、でも、彼らのほうがやはり、よっぽど不憫だ。
そんな、おでこにトクホン野郎が偉そうに「このシーンの彼女の気持ちはきっと〜云々」とか、一体、どの口が! だったよね。てか、どのおでこが! だったよね。脚本の修正箇所をチェックする前に、自分のおでこをチェックするべきだったよね。

でもさ、言えなかったかな、どっかのタイミングで。
「おーしまさん、おでこになんか白いの付いてますよ」って。

そしたら「え? そうなんですか……(手で探り当てて)ヤダ、私ったら! (剥がしながら)すみませーん。てへ」で終わったじゃないか。それなら誰も傷つかない。お互いに距離が縮まりさえする。笑いが生まれ、創作もスムーズになったやもしれぬ。

それを、たいへん有り難いことに気を使ってスルーに徹してくれたが故に……なんとも勝手に、恥ずかしかった。今さら恥ずかしがれないくらい、恥ずかしかった。

私は鏡を覗き込み、おでこから紙切れの繊維一つ残さずこそぎ落とし、少し赤くなったおでこで、何もなかったかのようにテーブルに戻った。

その優しさに惚れてもよかった。どちらも素敵なクリエィティブ・パーソンズ。

だけど、好きにならずにいられてよかった。お二方を。

だって、好きな人とはやっぱり、何でも言い合える関係でいたい。
鼻毛、歯に海苔、鼻くそ、目やに……気づいたらすぐに言ってほしいし、言ってあげたい。

だけど、まぁ。言えないよね、そうそう。私も無理だわ。ある程度の関係性とかないとね。

誰かを好きになるためにはまず、人に会う前には鏡で自分の顔をチェックした方がイイっぽい。

しかし一番イイのは、鼻毛も出ていなくて、歯に海苔も付いていなくて、おでこに何も付いていないことだろう。

好きにならずにいられる理由を探してホッとする。
好きになってもらえるはずがないから、傷つく前に早々退散。
ホントはどーでもいい理由にかこつけて。

好きにならずにいられてよかった、恋に落ちてもよかった瞬間—。

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