「あっ!ゴメンなさいっ!!」男子発言ノート32
「あっ!ゴメンなさいっ!!」
目の前の男子がそう叫んでしまったから、彼の指先は私の胸に触れてしまったことになってしまった。
*
一瞬の出来事だった。
新しいアルバイト先での出勤初日。
先輩アルバイト青年が新人の私にあれこれと教えてくれていた。
先輩アルバイトとはいえ、私よりまぁまぁ年下の、やや淡々としたクールな、しかしちゃんと人間味もある、好感触男子であった。
そんな彼が「ここの扉を開けると〜」なんて説明しながら扉を開けたら、その彼の手の、弧を描くような動作の軌跡の先に、私の胸があった。
それでほんのちょっと、ほんの一瞬、触れてしまったのだった。
ビックリしたんだろうね。
確かに私も、「あ、このままだと手が私にぶつかっちゃうかも……いける? いけるかな……? あ、当たっちゃった。」ってその状況をただ見ていた感じだったのだけれど(なら、とっととどいてあげればよいものを!)、実際に彼の指先が触れた感触が私の神経を伝い脳に届くが先か? 彼の反応が先か? ってところを、若いからかな、完全に彼の反射神経の方が遥かに先回りして、私が触られたことを認識する前にもう、咄嗟に謝られた感じになってしまったのだった。
私なんて「あっ!ゴメンなさいっ!!」って言われてやっと気づいたと言ってもいい。
「お前はもう死んでいる……」「なにィ〜!?」状態であったと言ってもいい。©︎『北斗の拳』
だけど完全なるアクシデントだし、ワザとじゃないのはじゅうぶん承知。
ありがたやーとまでは思わないけど(笑)、責める気もない。
全体的にまあるい私の、たまたまどこかに触れちゃって、それがたまたま「あっ!ゴメンなさいっ!!」なピンポイントだったまで。
キミは全然、悪くない。
だってキミが触れたのって言っちゃただの繊維(服)だったし、キミが指先に感じたかもしれない弾力は、なんだったら服と服の間の空気だったよ。キミはその空気を、ただ押しただけ。
それなのにキミってば「あっ!ゴメンなさいっ!!」なんて言ってくれちゃうから。
それまでクールに新人教育を施していた淡麗青年が、真っ当に動揺しちゃうから。
ちょっとヘンなとこに当たっちゃったけどスルースルー。なかったことに……。とその一瞬をやり過ごせる程度だったし、私もそのつもりだった。
結果、じぶんの動揺で既成事実化っぽくしちゃったんだよね青年、キミは。なんていうか……いじらしいというか、可愛らしいというか……とりあえずは、全部私が悪かった! どんまい!
*
だから、初対面で笑いにできるほどの関係でもなかったから「あっ!ゴメンなさいっ!!」に私は「ひっ!! ひでぶ!!」ではなく「あ、全然」とものすごい早口でサッと流した。
それが、精一杯のキミへの「ノープロブレム宣誓」だった。
というか、逆に申し訳なかったくらいで。だって気の毒よね。触りたくて触ったわけでもなかろうに。セクシャルなこととは無縁の世界を装うのが掟の、平素の日常を取り乱すようなことを招いてしまって、こっちこそ「あっ!ゴメンなさいっ!!」だった。
職務として、ただ真面目に、新人バイトに仕事のいろはを教えていただけなのだ彼は。
そこを私なんかは、こんな私でも触っちゃいけないところがある者として認識してもらえてるんだな……とか、ちょっと嬉しかったりしたけど、彼のことこれでちょっと意識しちゃうのかな? とか、ほんの少し、ほんの少ーしだけ思ったりしたけど、でもそんなこと、思うだけでも彼にとってはチョー迷惑だろうよなーと思って即封印するに努めた。
*
と、そんな気まずかった出来事を後日、知人男性に、あの反応は「ヤベっ触っちゃった!」って反応ですかねやっぱり? と訊いたら、
「それはモチロンそうだと思うし、それよりもきっと彼は、もともと気になってたんだよ。おーしまさんの……胸が」
え??? そうなの?
体型を気にし、カラダの線が出ない割烹着みたいなスモックみたいな服しかほとんど着てないんだけどな。
……おやや。もしかして、気になったとしたら……それってむしろ腹の方だったんじゃ? 私の腹が出てんのに気づいちゃって、気になってて、扉開けたら、
「あっ! ゴメンなさいっ!! 出っ腹、触っちゃった!!!」
ってことだったってことは、ない?
昔まだ女子高生だった頃。演劇部の"身訓"こと身体訓練で、
「腹引っ込めて!」
って先輩に言われて、(引っ込めてるんだけどなー?)と思いつつキュッ! とさらに引っ込めても、
「だからもっと腹、ちゃんと引っ込めてっ!」
って言われて、もうそれ以上は引っ込まない腹をなんとか引き上げようとしていたら、先輩が、一瞬明らかに「あっ」て顔をしてそれ以上は言ってこなかったことがあった。
それくらい私の腹は昔から出てる。先輩もあの時、気づいたのだろう。「腹引っ込めろ」と言ってるのに、引っ込まない女子高生の腹が、実はもう全力で引っ込められていて、出ているように見えたのはただの"腹の肉"だってことに。
* * *
まぁどちらにしても、いいんだ、どこ触ってもらっても。
私をちゃんと好きになってくれてから、なら。
……ならないだろうけど‼
*本記事は、消しちゃった過去記事を改めてupしたものです。
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