銀歯を落としたシンデレラ―好きにならずにいられてよかった〈12〉
もしも銀歯を落としてしまって、どこからともなく神様が現れ、
「あなたが落としたのは銀歯ですか? 金歯ですか? それとも……」
などと尋ねてきたら、どう答えるべきだろう。
私ならばこう答える。
「セラミックの歯です! 私が落としたのは」
*
正月、豆餅をたくさん食べすぎて銀歯が取れた。
銀歯というか、詰めモノというか。
「取れちゃったかぁ……」と思いつつ、「取りあえず詰めとける?」と元の位置に押し込んでみると、うまくガチッとはまるのだった。さすが“詰めモノ”。
それ以来、「あ。また取れちゃった……詰めとける?」ガチッ。を繰り返しながら、しかもうまいこと銀歯を飲み込んだりしちゃうことなく、駅前の歯医者の予約が取れた約20日後まで指折り耐えしのいだ。
そして治療当日。
「やっと今日、銀歯がちゃんとする!」とソワソワしつつ、お昼は勤務先の建物1Fにある行きつけのカフェでランチを取り、「いいよ私が下げるから!」なんて同僚の分のトレイも一緒にカウンターに下げて昼の休憩時間を終えた。
それからデスクに戻り、仕事を再開して小一時間後、「あっ」と気がついた。
さっきランチの時にまた取れちゃった銀歯、トレイに置いといたまま下げちゃった!!!
がびーんとなる。あんな小さな銀の粒、もう行き先もわかるまい。
それでも一応、念の為、万が一! と、カフェの店員男子のもとへ駆けて行き、うすら笑顔で尋ねた。
「ねぇあのさ、へへ。銀歯、なかった?」
カフェ男子、「はあ?」である。
事情を説明し、失笑を買いながらも当然銀歯なんぞ拾得されているわけもなく、
「だよね。へへ。万が一あったら、教えてよね。へへ」
とへらへら言い残し、仕事に戻った。
Oh my 銀歯……!!!涙
やっとこさ今日、歯医者で付けてもらうところだったのに。
ばか私。これまで耐えしのんでキープしてきた努力、何だったの?
でもまぁ……銀歯くらいまた作ってもらえばいいってこと!
そうグルグルしながら言い聞かせた。
この機会に銀歯ではなくセラミックにしちゃうのもありだよね、なんて前向きに考える方向で己を励ましながら。
それから……30分ほど経っただろうか?
カフェ男子がオフィスの受付までわざわざやってきて、何かを差し出しこう言うのである。
「……これですか???」
えええっ!?
ひしと近寄り覗き込むと、そこにはなんと……あの見覚えのある銀の粒が!
もう一生会えないと思っていたあいつが!
しかも、わざわざカフェのお洒落小皿に載せられて!
「厨房の床に落ちてましたよ。まさかこんなに小さいとは」
お、お、お帰りぃぃぃ…… my dear 銀歯!!!!!
なんで? スゴイよ、カフェ男子。なんでこんなの見つけられたの? ピアスとかならまだしもメチャクチャ抽象的なフォルムだよ。大きさでいうと「そばの実」くらいだよ。とても見つけられるような代物じゃないよ。奇跡だよ!
……ねぇ、王子様なの? 彼ってば王子様? じゃあ私はシンデレラ? ガラスの靴、いや、シルバーの歯なくしたお姫様?
「このシルバーの歯はキミのかい?」
「(ガチッとはめて)ええ、これは間違いなく私の銀歯です」
「シンデレラ! 会いたかったよ結婚しよう」
「王子様ーーー♡」
なんて童話のクライマックスくらい興奮したけど、職場で大声は出せない! 小声でMAX感謝を込めて「ありがとう……!!」と言い、後ほどお皿をキレイに洗ってせめてもの御礼とばかりアメ玉を載せ、丁重に彼にお返しした。
*
他人の銀歯なんて──。そんな得体の知れないものを探して、拾って、届けてくれるなんて、好きにならずにいられるわけがない。もう大好き。ありがとう。カフェ男子、最高。一度諦めた銀歯とはいえ、戻ってくるとこんなにも嬉しいなんて。
不安や恐怖のドキドキが恋愛感情につながる《吊り橋効果》があるならば、奇跡や興奮のドキドキも恋につながるハズ……!!
これはまさに、《落とした銀歯、奇跡的に拾われ効果》。
恋だ恋だ。もうこれは恋するほかない!!
だけど……はて???
落とした銀歯を拾ってもらうなんて、もしかして……脱いだままの下着を落としてソレ拾ってもらうようなものなのでは? そして、それって、めちゃくちゃ恥ずかしくない……?
いや、それはさ。正直最初に尋ねに行ったときから恥ずかしかったよ。
「脱いだパンツ落としちゃったんだけど、なかった?」
って訊いてしまったようなものだもの。
やってしまった。そんな恥をさらしてしまった相手と恋が始まるハズがないよ。
いやいや、でもそこはむしろ、“出会いはサイアクだったけど、徐々に惹かれ合ってくパターン”に持ってけないかな? ……ダメかな。ダメかな今回も。
だって、自分が拾った銀歯はめてる女とキス、したくないよね。ダメだこりゃ!
好きにならずにいられてよかった。
銀歯じゃなくてセラミックにしとけばよかった。
落としたのがガラスの靴だったシンデレラはラッキーだ。
いや、履いていた靴を拾われるのも実は恥ずかしいのでは。ガラスの靴はムレそうだし。
* * *
好きにならずにいられる理由を探してホッとしている。
好きになってもらえるはずがないから、傷つく前に早々退散。
ホントはどーでもいい理由にかこつけて。
好きにならずにいられてよかった、恋に落ちてもよかった瞬間───。
* * * * *
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