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コロッケ一個で堕ちる−好きにならずにいられてよかった〈11〉
恋に落ちるのには、たった一個のコロッケがあればじゅうぶんだった。
「コロッケ、よかったら」
そうAさんに差し出されたコロッケに、瞳孔が思わずぐんと開いた。めっちゃおいしそう。夕方に差し掛かり小腹が空いてきていた食欲の瞳孔もぐぐんと開いた。揚げたてだったし、昔ながらの名店のだった。
続いて「誕生日プレゼント?」と少しいたずらっぽく笑うAさん。こころの瞳孔までもがぐっぐーん!
先日、一般的には人生の節目っぽい誕生日に誰にも祝われなかった。そのうえ、トホホなあることが重なり、泣きっ面に蜂だった出来ごとについて書いた。それを読んでくれてしまったAさんのやさしい気遣いだろうと理解した。もしくは同情……?
喰む。なんてうまいコロッケだろう。ありがたく戴いて、そのおいしさにホロリとする。あの日からスースーと心に空いていた穴に、じゃがいものパテを塗って埋められた思い。よっ! 左官屋さん! いい仕事しますね!!
やばい好きになる。このままだと好きになってしまう。たった一個のコロッケで。
ホクホクと心が大いに満たされ、これじゃぁ好きにならずにいられない。でも! 私こんなだし。コロッケ一個で堕ちる女だし。
いや、そもそも彼女いるしねAさん!!!涙
好きにならずにいられる理由を探してホッとしている。
好きになってもらえるはずがないから、傷つく前に早々退散。
ホントはどーでもいい理由にかこつけて。
好きにならずにいられてよかった、恋に落ちてもよかった瞬間—。
コロッケなんてじぶんで買える。Aさんに振る舞ってもらえなくったって。
そう強がって、それでも、口の中にいつまでも残るじゃがいもの余韻が嬉しくて、家に帰って歯も磨かずに寝た。
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