【妊娠と出産を振り返る】臨月~出産
妊娠と出産を経て、たくさんの先輩ママの記事を読み、励まされてきたため、自分でも記録を残すことにする。
筆者のプロフィール
2022年に結婚。2023年、情報サービスの会社から貴金属小売り会社に転職。妊娠判明時は、33歳。
出産準備
こまごまとしたトラブルはあったが大きなトラブルもなく、最終出社日を迎え産休に入った。私はおなかがあまり出ないタイプらしく、自己申告しないと妊娠しているとわからないため、最終出社日まで優先席付近で毎日やきもきすることになった。おなかが重く、早く歩くことができなかった。9ヶ月の状態で結婚式に参加する予定もあったのだが、特に問題なかった。
産休に入ると入院に必要な産褥ショーツや授乳用ブラなどのアイテムをそろえ、バッグに詰めた。出産予定月に入ったところで、実家へ移動した。
出産までの日々は、週に1回の検診以外は予定がないので、体が動かないのに時間に余裕があり、とても暇だ。コンビニまで散歩したり、親の買い物に付き合ったり、読書、映画鑑賞、スイカゲームなど、のんびりして過ごした。周りの人は予定より早く生まれる人が多かったので、自分も覚悟していたが、なかなか兆候は見られなかった。「動いたほうがお産が早まるのでいいよ~」などと言われたが、結果的に予定日の前日に出産することになるので、あまり関係なかったように思う。
陣痛?
妊娠出産予定日の2日前の朝、生理日の最後のほうのような少量の出血がしばらく続く。これはもしやおしるしでは?と思っていると、その翌日、生理痛のような痛みで目覚める。まあまあ痛いが、深呼吸をすれば、痛みは引いていく。アプリの陣痛メーターで測ってみるが、間隔はまちまちで、10分から1時間くらい開くこともあった。不定期的に痛みがやってくるが、食欲もあるしトイレにも行くことができた。夜になっても間隔が安定しないので、この日はとりあえず眠ることにした。
深夜から痛みが強くなってきた。陣痛メーターで測ると、5~7分間隔になっている。病院に電話し、状態を説明すると、すぐに来るように言われた。家族を起こし、入院用の荷物を持って、3時ごろ病院へ向かった。
病院へ→ついに出産
病院につくと、体重の測定した。子宮口の大きさは3センチと言われ、陣痛室に通される。妊婦たちが痛みに悶絶する声が聞こえる。陣痛室ではおなかにNSTのモニターを計測するバンドをまかれるが、陣痛で突っ伏しているとよくずれてしまい、ストレスであった。痛みは強くなっているものの深呼吸で乗り越えられる。まだ家族とLINEをする余裕はある。よくいうテニスボールは使わなかったが、パウダービーズのクッションを抱きしめて、陣痛に耐えていた。
分娩に備え、また、血行を良くしてお産を進めるため、入浴することになった。入浴中も耐え難い痛みが襲ってくるが、深呼吸で乗り越える。おなかがすいたのでグミやゼリーをつまむ。朝8時ごろ、医者が様子を見に来る。子宮口10センチになったので、膜を破って破水させて、分娩に臨むことになった。
NSTの波に合わせて、いきむことになる。とても痛い。しかし時間がたつにつれ、陣痛の波が去ってしまい、促進剤を入れることになった。これで生まれなかったら帝王切開となると説明を受ける。また激痛が襲ってくるので、思わず目をつぶってしまう。目を開けていきむように言われる。顔に力が入ってしまうと分娩にすべての力を注ぐことができないらしい。納得がいかないが、言われた通りいきむ。何度か頑張ったところ、産声が聞こえてきた。「よかった」とつぶやいた。お昼の12時半ごろのことだった。
しかし、産声はその後、聞こえなくなってしまった。赤ん坊の首にへその緒が巻いていると聞いていたこともあり、心配していると、羊水をたくさん飲み込んでしまっていたらしい。処置をしてもらった後、元気に泣いていたので、安心した。
2時間は分娩台の上から動くことができない。胎盤を出したり、会陰を縫合してもらったりと、何かと股の下が騒がしい。会陰は、切ってもらったわけではないのだが、少し切れてしまったそう。会陰切開はとても不安に思っていたが、出産自体が痛すぎるので、この痛みが会陰が切れたことによる痛みなのか、よくわからなかった。そうこうしているうちに、分娩室に夫がやってきた。泣いている。私も早く子供の顔が見たいが、横に置かれたのでしばらくは頭皮しか見ることができなかった。
2時間後、子供は子供の処置、私は私の処置で離ればなれになった。トイレにひとりで行けるか確認がとれたところで、病室に案内された。
入院中の生活
病室に案内され、昼食を食べてしばらくたつと、赤ん坊が運び込まれてきた。ここでやっとじっくりと対面できる。小さな生き物がゆっくり瞬きしている。とてもかわいい。
お昼の出産だったので、午後には家族と面会することができた。知人の勧めもあり、病室は個室にしたので、のんびりと過ごすことができた。
母子同室であったが、産後1日目の夜は、子供を預かってもらい、体を休めた。翌日から退院までの5日間、泣いたらとにかく授乳する合宿のような入院生活が始まった。
産後のケアに集中するため、授乳以外のお世話はすべてやってくれる病院もあるが、帰ってから赤ん坊とどう過ごしてよいかわからなくなりそうだったので、私は母子同室の病院でよかったと思った。
入院に向け諸々買っていったが、持ってくればよかったものは以下の通り
・食べ物(ウィダーインゼリーやカロリーメイト、お菓子)
まあまあボリュームがあるはずの病院食では全然足りなかった 産後のホルモンのせいか、とにかくおなかがすいてしまう 夫に買い足してもらったが、好みのものではなかったので、自分でもっと買っておけば、、と思った
・メディキュット的なもの
立って抱っこしている時間が長いので、足がかなりむくみ、象のようになっていた
・保湿クリーム
病院が乾燥するため、もっとたっぷり持ってくればよかった
産後は股が傷ついているため、うずくような痛みが続き、ロキソニンが欠かせなかった。悪露もあり、しばらくはウォシュレットが友達だった。この傷だらけの状態で授乳しないといけないので、育児とは修羅の道だなと痛感した。
まとめ
妊娠や出産は100人いれば100通りというが、出産のいろいろな人の体験談を読むことで、私は気楽になった。とても痛いが、乗り越えられない痛みではない。生まれてくると本当に幸せだ。今、不安に思ってこの記事を読んでくれている人は、絶対大丈夫なので、どうか頑張ってほしい。