飯田冬眞『時効』
飯田冬眞、『時効』(ふらんす堂 2015)。不穏なタイトルと裏腹に、表紙の落雁のような手触りが楽しい。
時効なき父の昭和よ凍てし鶴 冬眞
海鳴りや父の帰らぬ雛の家
しばれたる父の瞳に白樺
桃の花腕組む父の待つもとへ
序文で触れられている通り、この句集の一つの主題は「父」である。
表題句をはじめ、印象的な父の句が並ぶ。
時効なき父の昭和よ凍てし鶴 冬眞
あらためて表題句。時効というものは、あくまで社会をそれなりに機能させるためのものであって、出来事そのものが消えるものではない。それに苛まれる姿が凍鶴のイメージに重なる。
だが、過去に苛まれるのは、なぜか。それは善人であるからだろう。
『時効』と題されたこの句集から僕自身は「父」よりも、むしろ、そういった人間の善性のようなものを感じることが多かった。
以下、好きな句。
深爪をして逢ひにゆくクロッカス 冬眞
粛々と髭を剃りたる西行忌
鍵さがす背のまるくなる朧かな
太き眉持たねばならぬ花守は
うしろから闇に抱かるる遠花火
雪晴れやギターケースの裏起毛
本売つて明るき窓よ燕来る
マンモスを追ひつめてゐる昼寝かな
そして、この句、
隅つこの好きな金魚と暮らしけり 冬眞
水槽の隅っこに金魚がいる。動物はあまり目立つところには居たがらない。そんな金魚と暮らす。ただそれだけの句であるが、水槽に差し込む光や室内をわずかに舞う光る埃、そういったあたたかな暮らしが浮かぶ。良い句だと思う。
※版元在庫切れのようですが、一応リンクを貼っておきます。
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※この句集は作者からご恵贈いただきました。感謝いたします。