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こう、生きていて現実感が無いというか、夢の中にいるような感じがするんですよね。僕には幻覚も幻聴の症状もないけれど、離人症の症状は小学生の頃からずっとある。中学生の時に解離して騒ぐ、おどける癖が出来上がり、自身の境遇に絶望した高校時代には、幼稚園の時と同じように校内を放浪して彷徨った。家の中でも落ち着かずに部屋をぐるぐる回り続け、何の当てもなく散歩に行くこともあった。学校がつらかったので不登校になり、学校の近所を歩いてまわった。その時は離人症の症状を味わうことにはまっていて、地球が太陽フレアで焼き付きるとか、新型インフルエンザで人類が滅亡するとか、その手の終末論や楽観スピリチュアルにはまっていた。心に余裕がなく、人と話すこともほとんどなかった。高校は楽しそうな人がたくさんいる環境だったが、中学で受けた集団暴行、襲撃が僕を苦しめていた。それから旅に憧れ、映画「イントゥザワイルド」の主人公になったつもりで神秘的な湖を眺めるというイマジネーショントリップをソファに寝そべってアンビエント音楽を聴きながら体感していた。眠るようにして音楽に集中し、湖にいる光景を想像して、その風、水の冷たさ、夜の静けさを想像する。神秘的なアンビエント音楽を聴きながら湖の石の上を歩く。そんな妄想をいつもしていた。統合失調症と診断されてはいるが、実際には離人症しか患ってはいないので、そんなに大変な状態ってわけでもない。アルバイトを始めたけれど環境にうまく適応できそうだし、仕事も覚え始めるのだろうし、社会的な自己がようやく形成され始めるのだと思う。前まで心の大部分を占めていた爆破テロや集団殺戮、戦争や快楽殺人の美化なんかはもうしないのだと思う。鼠に「東京に核を落とせ」を批判されたし、僕はもうそんなことは一度も思っていなかったかのように忘れ去る。大体のことは忘れ去ってきた。僕の記憶は薄れやすい。だから苦しいことがあろうとすぐに開き直る。だから乗り越えてきたのだと思う。首都圏に実家があるのでそれだけで勝ち組だと思う。一人暮らしはせずに広くなった改装後の実家でささやかな暮らしを送る。きっとフランスやドイツには行かないのだろうし、もしかしたら生活保護を受給して暮らすのかもしれないし、映画館は街に出ればたくさんあるし、僕はそうやって生きれなかった日々を後になって生き直す。これは治療だ。二十代にまでは不可能だった、自分なりの生活の改善。生活から抜け出して旅に消えるのではなくて、生活環境に身を置きながら事情を気にして自分の歴史を振り返る。辛いことばかりではなかったはずだ。友達もたくさんいたはずだ。祖父母によって壊されたものが、いま、祖父母の不在によって治療される。されつつある。もう僕は病気じゃない。これは離人症だ。夢の中に生きる者たちの陥る精神疾患だ。そこまで重い病気ではない。脳腫瘍も治った。胃潰瘍もできない。円形脱毛症も治った。あとは緑内障をどうにかするか。成長ホルモン分泌を注射で改善していく。それくらいのことだ。事故にも遭わないし、あとは死にそうな人に手を貸すだけ。エスカレーターから転落するおじいさんや高校生を、今度こそは助けてあげる。電車で痴漢されてる大学生に加害者の怯える表情を見せてあげる。簡単なことだ、蚊を叩くように手を叩けばいいだけ。それだけであの男は逃げていった。これからは、これからは普通の日々を送りたい。憎しみや暴力とは無縁の、普通の暮らし。