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2020年頃に起きた悪夢、人権侵害のドッキリカメラ撮影への「怒りと憎しみ」

2階にまで響く叫び声、急いで一階に降りた母が「わたしのせい、わたしのせい」と興奮して言い続ける。一階の廊下にいくと壁には血痕、祖母が頭を抱えてパニック状態に。母がバスタオルを祖母に渡し頭の血を抑えるように促す。リビングには父と目をまん丸にした祖父。明け方の犯行だったらしい。朝がくるまで夜中中ずっと2人は話していた。そして、。そして祖父は祖母の頭をバットで殴りつけた。子供用の小さなバットで。祖母は血を流し救急車の到着を待つ。椅子に座る祖父の目を閉し、好きな動物は何かと質問した。答えはなかった。救急車の去った後で警察が到着する。和室で祖父が事情聴取を受ける。刑事は笑顔を見せる。そのまま祖父はどこかへ連行された。僕は怖くなってSkypeを開く。友人に現場の写真を見せてこれが現実なのだと受け入れた。

おかしな点はいくつもある。犯行前に祖父は僕の言いつけ通りに缶詰を大量に買い込んでいる。久しぶりに僕が声をかけたから喜んで握手を求めてきた。夜になると母が彼らの部屋に行き怒鳴りつける。祖父が手にしたのは僕の使っていた子供用バットだ。数日間の不眠の末に犯行に及んだ。母は自分を責めている。「わたしのせい」。祖母は軽症で済んだ。思えば僕から祖母に暴力をやり返せない状況が続いていた。家庭内暴力を祖母から受けていた。それを祖父は知っていた。だからその日も僕の手で祖母を殴りつけた。僕の願いを叶えたかったのかもしれない。ただし僕は祖母を殴ったりはしない。狭い環境の中で起きた悲劇だ。

朝食にはサラダを用意する。自分の分と鼠の分。ソフィ、クロエ、シェリー。かわいいかわいい小柄な鼠。無印良品の皿に盛り付ける。乾燥餌は与えず生野菜を与える。勿論ドレッシングはかけない。ちょこまかと動き回るロボロフスキーは大福のよう。ソフィはジャンガリアンハムスターだ。よく慣れて手にも乗る。歯ブラシでマッサージしたり指で撫でたりするとリラックスして目を瞑る。コロナ禍になってから鼠たちに充てる時間が増えた。熱帯魚水槽の中で暮らしている彼らは他の家の子達よりかは大切に育てられた。綿のベッドや砂場を楽しんでくれてありがとう。ネモフィラを植えた植木鉢の中に眠る。

海へ行くことが多くなった。砂浜へ行きウニの殻を探す。殻は見つからない。代わりに犬の大兄弟や巨大な蛾に遭遇する。ある夜のこと家を飛び出し海辺へ向かった僕は波の様子をメールで伝えた。その時に好きだった僕の連絡相手は喜んでくれただろうか。もののけ姫をアレンジした台詞で笑ってくれただろうか。夏は鎌倉で過ごすことになった。タリーズコーヒーで本を読んだり、バーガーショップに入ってみたり。蛾を拾って遊んだら不思議なことが起きた。翌日に死んでしまった蛾の元を去ると帰りのバスに乗る瞬間に目の前をベニスズメが停滞し右へ逸れていった。虫の知らせというやつだ。バス停には難民の子もチョコレートを売り歩いていて、五百円は払わなかったけれど無印良品の紅茶とチョコレートを交換した。神社の夏祭りに出かけてぼんぼりのイラストを見て楽しんだ。夏は長かった。父を連れて江ノ島に行ったこともある。綺麗な海辺の景色を見ていられなかった父は何を悩んでいたのだろうか。まだお母さんのことを受け入れていないのか。怖がっていた。

noteに文章を投稿しまくる時期だった。自分の思想のようなものには声優の名前を後付けして発言に伴う責任を無くした。ネットインタビューを受けたり、テネットを何度も見返したり、それなりに自由な日々を送っていた。冬が近づく。日常のあらゆるタイミングでスマートフォンを取り出し音声記録を始めた。思ったことをその場で記録するのが一番簡単な方法だったからだ。興味を持ってくれる人も現れて、ますますこの記録方法には便利さを感じた。それらのデータは既に削除してしまった。noteのアカウントを閉じたんだ。勿体無い。鼠の話や夢遊少女のコント、その他にも僕の想いを綴ったものがたくさん保存されていた。今度からは記録媒体を変えようと思う。

ビスケットを砕いて鳩にやった。ホームレスのもとへフェレロロシェを転がした。服を渡した。バスで隣に座る人にメッセージカードを置き去りにした。マフラーも同様に。人が気にしないけど気になることがたくさん見え始めた頃だった。帽子売りのケベック人の隣で帽子を試着していると人が集まってきた。僕の衣装が特別に見えたからだ。街灯のように人がより集まる。ローデンバックの「街灯」を訳すつもりでいる。

その日は泉岳寺のホテルにいた。部屋に入るとテレビがつき便器からは水の滴る効果音が聞こえる。ベッドの下には水筒が置いてあり、壁には不気味な絵、表面の熱くなった鏡、客人たち。ドッキリカメラの現場に遭遇してしまった。前の日から撮影は始まっていた。街を歩けば妹の後ろ姿に行き合う。庭には黒猫が歩き去り、診療所では最後のドッキリが仕掛けられていた。付き合ってられないので精神病棟に自分から入り、そこで三ヶ月を過ごした。ここまでで書いてないことはたくさんあるのでいずれまた書き足す。不思議なことがたくさんあったのだから。忘れる前に記録する。

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