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「西へ行こう!」
コロンブスが呟いた。はるか西の彼方にあるという黄金の国を目指して。地球儀はまだなく地球の形も大きさも知る人はいなかった。危険を省みない船乗りたちが九十人。三艘の帆船に乗り帆を上げた。全長二十メートル余りの木造船に命をたくし夢をのせて。
バブルが弾ける前のこと。赤羽から稲毛海岸に釣りに出かけた。防波堤から釣り糸を垂れていた。
スイスイと海面を滑っていく小さなフネの群れ。白いセールは翼を広げた海鳥。
いつ釣れるかわからない竿をしまう。駆けて行った先はハーバー事務所。水平線の向こうに何かある。まだ見ぬ世界に興奮した。根拠のない自信と限界を知りたいという好奇心。
二十八のとき会社を辞めてニュージーランドに渡った。数年後にはヨットで渡ることになろうとは。
英語を学びながらヨットレースに明け暮れた。レース、レース、レース、さらにレース。レースが終わればウェストヘブンのヨットクラブで仲間と飲む。船乗りの酒ラムコークが大好きだった。少し悪いことも覚えた。
初めて外洋を渡る。ニュージーランドからフィージー。高揚感たっぷりの出航。しかし水平線の向こうには水平線しかない。
天に月が眩しい。デッキにマストの影を落とす。我々を照らす球体は強く頼もしい。姿を消せば漆黒の闇。眼球を覆いつくす黒。手がどこにあるのかさえわからない。
低気圧に捕まり七転八倒するフネ。何もできない無力感。四六時中絶えない船酔いと肌に粘りつく湿気。ガスコンロが使えなくなり生のジャガイモをかじる。
十日後に上陸し陸酔いを味わう。二度と乗らない、と誓った。
大阪からニュージーランドへ意気揚々と。馬鹿は死んでも・・・。
頭上から太陽が落ちてくる。光が重く頭にのしかかる。肌を刺す。見えるものすべてを白に変える。陰影は消え熱気だけが残る。
赤道で泳げば透きとおる水の美しさ。飛んでいるかのような錯覚。水面下にあらわれる無限の世界。見えない海の底に震える。
夕陽を数えながらカクテルを飲む。その数四十五。
コロンブスが発見した新大陸はどこに。
旅の終止符は自ら打たなければならない。
風とスピードのことだけ考える。
風があればどこまでも行ける。
いまだにそんな夢を見させてくれる。
次は月か、火星か。