近代詩歌に近づくための私的手引
私は現在進行形で近代の詩歌の一部をテーマに卒論を書いているのですが、国文に2年いて感じたのは、近代文学専攻の人でも近現代の詩歌に親しむ人は案外少ないということです。むしろ和歌の方がみんな知ってない?というくらい。
近現代の詩歌はおもしろいぞ、ということ、では実際読むときに何をどう読めばいいのか、がこの記事の趣旨になります。
近代は圧倒的に小説が強いし、そもそも読まないからどう楽しんでいいのかわからない、というのはもしかしたらあるかもしれません。
詩歌は作品全体で表現していることはよくわからないけれどこのフレーズめっちゃいいな、くらいのカジュアルさで読んでも全然いい。
加藤郁乎の〈華氏は摂氏をシェヘラザードの永遠だけ離す〉の「シェヘラザードの永遠(とわ)」ってめっちゃかっこいいな、くらいの感じで。
そうやって部分部分を楽しんでいたらあるとき急に全体がすとんとわかるようになる瞬間が来ます。
小説でこの描写なんかいいな、と思うのと同じような感じで最初は言葉の手触りを楽しむためにどうか詩歌に気軽に触れてみてください。
では実際詩歌を読むときに何から読めばいいのか。
いきなり詩集や歌集や句集に手を出すより、アンソロジーを選ぶのをおすすめします。
その書き手や時代の作品で読むべき作品、有名なものなどをアンソロジーはだいたい押さえてくれているので。
アンソロジーを読んで気に入った書き手の個人の作品集や全集を読むと好みにあったものを見つけやすいはずです。
一人好きな書き手を見つけたら同時代の影響関係やその前後の影響関係(もしくは師弟関係)、まとまった動きとしてとらえられていた場合は誰が同じグループにいたのかを調べて読むと好きなものを増やしやすいですし、作品を深く読むことにもつながると思います。(簡単に調べるくらいならWikipediaでもいいので)
次に、アンソロジーと言っても色々ある中で、どれを選べばよいのかです。
詩歌の本で一番書店で手に入れやすいのはおそらく岩波文庫の「○○詩集」「○○俳句集」系の本です。
ただ文庫の大きさで小説と同じくらいの字組だと少し読みづらいという理由で特に詩の場合は後述する「現代詩文庫」の方がおすすめ度は高いです。
以下、おすすめアンソロジーをその良さ、詩歌慣れしてない人が触れる場合のマイナスポイントも含めて紹介していきます。
【詩】
・現代詩文庫(思潮社)
思潮社から出ている詩のアンソロジーです。「○○詩集」の形で一人の書き手につき一冊あります。基本的に詩ですが一部俳句や短歌の書き手も含みます。
良いところ
・このシリーズだけで近代詩から現代詩までかなり幅広くおさえられる
・作品だけでなく、作品論や作家論も収録されているのでその作家の評価を把握しやすい
・少なくとも23区なら区立図書館にも結構置いてありアクセスしやすい。学内だと駒場に大体揃っています
悪いところ
・かなり網羅的である一方で膨大すぎるとも言える。ある程度知識がないとどれを手に取ればいいのかわかり辛い一面も。
※個人的には萩原朔太郎(近代詩史的にマスト)、大手拓次、吉増剛造(とくに続吉増剛造詩集)、松浦寿輝、小笠原鳥類、加藤郁乎(唯一の俳句)あたりを推します。
短歌に興味がある人は塚本邦雄や岡井隆が短歌史を押さえるのにもおすすめ。
・一部絶版。(日本の古本屋には結構あるので入手しづらい程ではない)
・複数の詩集をまとめる形なので第一詩集が出たばかりの人や新人賞を取ったばかりの人など、最新の情報までは押さえられない
※最新の情報を押さえられて複数の作家がまとめられているものを挙げるなら「現代詩手帖 現代詩年鑑」(思潮社)にその年の作品を一人一作品載せるページがあります。
雑誌コーナーに現代詩手帖を置いてある図書館なら所蔵している、大きな書店なら置いてあるというアクセスのしやすさ、谷川俊太郎や吉増剛造からその年の新人賞を取った人まで網羅しているというのが利点です。
ただ100ページ以上の量があり、詩を読み始めた人が手始めに読むのはきついということ、詩人の名前がある程度わかるようになってからの方が絶対に読みやすいということから、この記事の趣旨から外れるのでここでは特におすすめしないです。
【俳句】
・『現代俳句の世界』(朝日文庫)
一冊に一人の作家だったり複数の作家だったりですが人ごとにまとめられています。
例外はあるものの同じ本に入っている人は立ち位置が似ていることが多いです。
良いところ
・戦前の俳句のメインストリームで押さえておくべき人はほぼ皆これで読める
・後ろに短い作家論がついている
・巻によってはAmazonで1円で買えるなど入手コストがかなり低い
悪いところ
・絶版であり、日本の古本屋でなんとかなるけど全巻揃えはお高め
※1巻(高浜虚子、俳句史的にはマスト)、4巻(山口誓子)、11巻(三橋鷹女)、14巻(金子兜太、高柳重信)、15巻(飯田龍太、森澄雄)、16巻(高屋窓秋、渡辺白泉、富澤赤黄男)あたりが個人的なおすすめです
・河東碧梧桐、種田山頭火、尾崎放哉などメインストリームを外れた人は入っていない、あとなぜか飯田蛇笏もいない
・『新撰21』、『超新撰21』、『俳コレ』(いずれも邑書林)
いずれも一冊で同時代の勢いのある書き手を紹介するという形の本です。
良いところ
・一冊で複数人の作品が読めるので気に入る作品に出会える可能性が高い
・作家論だけでなく巻末に座談会がついていて複数の角度から作家のことがわかる
悪いところ
・一番新しい『俳コレ』も2011年なので2019年現在の状況とは少し違う
(作品が面白ければそれでよいのでこれはマイナスポイントというほどではないですが)
・『天の川銀河発電所 Born after 1968』(左右社)
俳句シーンを押さえようというタイプでは一番あたらしいアンソロジー。
俳人の佐藤文香の編によります。
その名の通り1968年以降生まれの書き手に絞ってあります。「おもしろい」「かっこいい」「かわいい」の分類は作家によってはしっくり来ない、アンソロジー中での作家、作品の扱い方の傾斜に編者の主観による偏向を感じるところもありますが基本的はこれも良い本です。(そもそも編者が一人である以上主観が入らないはずがないので)
2017年の本なので現在の俳句シーンに興味があるなら上にあげたものよりこれ一択です。
駒場にはなりますが書籍部にもあります。
【短歌】
・『桜前線開架宣言 Born after 1970』(左右社)
前述の『天の川銀河発電所』の姉妹本。出たのはこちらが先。
作家と作品の選出、作家論の執筆はすべて歌人の山田航によるもの。
こちらも駒場なら書籍部にあります。
良いところ
・作家が生まれ順ごとに並べてられていて、ニューウェーブ以降どのような作家がどのように出てきたかをを流れとして掴みやすい
・作家論に同時代のシーンの話が出てきたりするので当時の短歌シーンの雰囲気もちょっとわかる
悪いところ(?)
・この本自体はすごくいい本だと思うけれど、後で宇都宮敦さん(『ピクニック』という歌集が去年出ています)がいないのだろうと不思議に思った
《番外》
・『短歌タイムカプセル』(書肆侃侃房)
なぜ番外かというとまだ読めていないからです。
とはいえ実際いま手に取りやすい本であることは間違いないので少し触れます。
『桜前線開架宣言』よりも収録する作家の人数が多く、時代も広めにとってある分一人当たりの作品数は少ないです。
なので作家をじっくり読むというより概観という感じになりそう。
いまのところ本郷と駒場両方の書籍部にあります。
【詩歌全般】
・『日本文学全集 29 近現代詩歌』(河出書房新社)
河出書房から出ている日本文学全集のうちの一巻で一冊に近現代の詩歌がまとめられています。池澤夏樹が詩、穂村弘が短歌、小澤實が俳句を担当しています。
良いところ
・一冊で近現代の詩歌が概観できる(一冊で詩人41人、歌人50人、俳人50人の作品が読める)
・短歌の鑑賞は鑑賞から作家の理解につながるような形で書かれているので作品数は少なくとも作家性がなんとなく把握できる
・詩歌のアンソロジーの俳句の枠で寺山修司、摂津幸彦や田中裕明を収録しているのは個人的には意義があると思います。特に寺山修司は俳句史的な文脈では切り口によっては語り落されることもあるので
悪いところ
・これは良いところとトレードオフで作家一人当たりの作品数は少ない。ここで知った書き手をもっと読みたいと思った場合は前述のアンソロジーで読むのがいいかもしれません。
・小澤實も、穂村弘でさえ自分の作品を収録していないのに池澤夏樹が自分の作品を入れているのは編者の職権の濫用じゃないんですか?(ほぼ感想ですが)
《番外》
清家雪子『月に吠えらんねえ』全11巻(講談社)
そもそもアンソロジーではなく漫画です。
1巻だけ読むと作家と作品イメージを擬人化したキャラクターを立てることで近代文学二次創作をやっているように見えてしまうのですが、2巻以降で日本近代詩歌を語る上で避けて通れない「詩歌の戦争協力をどう捉える」という主題が見えてきます。
テーマ自体はこれで評論が何本も書けてしまいそうなのですがシンプルに漫画として面白いので肩肘張らずに読めるはず。
詩が中心ではありますが俳句短歌の書き手も登場しますし、作品の引用も随所に散りばめられているので漫画を楽しみながら近代詩歌に触れられておすすめです。
巻末に参考文献が大量に付けられているので漫画を通して気になった書き手や作品が出てきた場合も参考文献を利用して辿りやすいのもよいです。
以上がおすすめアンソロジーの紹介になります。
最後に絶版しがちな詩歌のアンソロジーや詩集、歌集、句集をどこで買えばよいのか、という話をします。
結論から言ってしまえば古いものならだいたいは日本の古本屋にあります。
ただ、メルカリやヤフオク、Amazonマーケットプレイスの方が安いこともあるので価格比較はした方がよいです。
送料を抜きにしても日本の古本屋より実店舗の方が安いこともあります。
なので東京で詩歌を結構置いている古本屋をすこし紹介します。
・古書ほうろう(根津、湯島)
池之端門を出て目の前にあるという点で特に国文の人に超おすすめです。
メインの部屋のほかに詩歌の本が中心の小さな部屋があります。
書肆田髙(西日暮里)
ここは詩歌の雑誌の取り扱いも多いです。
サイトでも買えるので目当てがあるならサイトで確認するといいかもです。
・古書ソオダ水(早稲田)
詩歌だけでなく日本文学の古い本も結構多い印象があります。
手前が均一の棚で右に日本文学、奥の棚が詩歌、という作りだったはず。
古本だけでなく新刊も一部あります。
・水中書店(三鷹)
新しめの詩歌の本も結構置いてあるという印象。
詩歌以外も文学系は結構充実していたはず。しばらく行けてないので…
・りんてん舎(三鷹)
今年openの新しい古本屋です。
実はまだ行けていないのですが行った人からの評判は良いです。
定休日が水中書店と同じなので三鷹に行くときに巡ると◎
12/8追記:本日りんてん舎に行きました。詩歌の本、聞いていた通り多かったです。均一にこれが均一でいいの?という本まである一方、単行本も色々揃っていました。
品揃えとは関係ないですが掛かっていた音楽がとてもよいなと思った。誰の何という曲なのだろう…
・ブックオフ
詩歌の本は基本的に岩波文庫以外期待しない方がいいです。
ただ稀に全集などを法外に安く売っていることがあるのでたまに覗くといいことがあります。
書いていくうちにあれもこれも、となって長くなってしまいました…
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
私自身の勉強不足(ここで紹介したものでは特に近代短歌は網羅できないと思います)やどうしても入ってしまう主観のせいで、この記事自体は私的手引の域を出ませんが、日本の近現代の詩歌に親しむきっかけとなれば幸いです。
個々の詩歌の作品はここでは紹介しなかったのですが、聞かれたら主観の入りまくったおすすめを答えるので気軽に聞いてください〜!
追記:現在、都立現代美術館で吉増剛造プロジェクトの展示が行われています。会期は2/16までなのでもし吉増剛造を読んで気になった人は行ってみてください。私は卒論を倒してから行きます。
*途中で引用した加藤郁也〈華氏は摂氏をシェヘラザードの永遠だけ離す〉は加藤郁乎『形而情學』(昭森社、1966年)よりです。
*途中いくつかおすすめを挙げていますが抒情詩が好きではない人間の挙げたおすすめであるということは少し念頭に置いてください。
私の好みは詩歌の積み重ねた豊かさの一部を切り捨てていることも事実なので。
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