戸田響子さん第一歌集『煮汁』
書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズ最新第47弾として発行された戸田響子さんの第一歌集『煮汁』。同シリーズには珍しいモノトーンの表紙である。同時に発行された小坂井大輔さんの『平和園に帰ろうよ』もなかなかだが、『煮汁』はさらになかなか。僕だったら『煮汁』を歌集のタイトルにする勇気があるかどうか。まずもって感服である。
戸田さんは1981年、愛知県名古屋市生まれ。未来短歌会彗星集と歌人集団かばんの会に所属している。本歌集のタイトルにもなっている『煮汁』は第4回詩歌トライアスロンを受賞した詩形融合作品。第60回短歌研究新人賞では本歌集の収録の「拾いながらゆく」で次席に輝いている。
僕はこの歌集の前半が特に好きだ。
超音波加湿器から出る嘘くさい湯気で満たされ眠りにおちる/戸田響子「拾いながらゆく」
圧倒的な共感の歌である。こういう歌と出会うとなぜ自分は同じシチュエーションに出会いながらそれを歌にできなかったのか、悔しさにさいなまれる。次の歌もそうだ。当たり前の光景の確かな肌触りが魅力となって刺さる。
電話の横のお菓子の缶に増えてゆくインクが切れたボールペンたち/同
吐き出してしまって終わりの歯磨き粉のミントの味にこだわっている/同
駅前でポケットティッシュを受け取った目は合わないのに触れる指先/同
戸田さんの歌で僕が好きだなと思うのは、詩として詠い過ぎていないものが多い。極端に言えば詩的に詠うことを拒んでいるようにすら思えるほど豪快だ。
レーズンパンのレーズンすべてほじりだしおまえをただのパンにしてやる/戸田響子「もやし」
満員の電車に乗ってる全員の弁当を並べパーティーしたい/同
クリップをクリップとして使えない針金に伸ばす残虐なやつ/同
一方で見えないものに対する感覚が鋭い。それは前述の弁当の歌にも通じるかもしれないが、見えないものを再定義する。
電波時計にみそ汁かけて破壊した電波はずっとさまよっている/戸田響子「オカルト雑誌のある部屋」
宇宙なんて実はなかった嘘でした大統領がHAHAHAと笑う/同
どちらもそんなことはないだろうが、見えないし、知らないのだから、そうではないとも言い切れないラインを指摘する。
自己の行動や存在も的確に認識する。
何気なく駅のホームを見渡せば自分以外は傘を持ってる/戸田響子「ナメクジウオを称えよ」
暴れる鳥をなだめるように折りたたみ傘はかばんの中に納まる/同「きみを追う」
すいれんすいれん図鑑をめくり次々とすいれんじゃない花流れゆく/同「境界線の夢をみる」
このすいれんの歌は面白い。睡蓮を探してページをめくる時の頭の中は確かに探し物の名前を連呼していて、さらにそれが「すいれん」であることで、「すいすい」と「ながれゆく」が呼応して聞こえる。
最後に、まもなく、場所によっては今まさに迎える夏。戸田さんのこの歌で、なるほどこれもまた夏の訪れだなあと思った。夏の窓が開かれてゆく。
夜道にてテレビの音がはっきりと聞こえてきたから夏が始まる/戸田響子「わいふぁい」
◆著者プロフィール◆
戸田響子(とだ・きょうこ)さん
1981年愛知県名古屋市生まれ
未来短歌会彗星集・歌人集団かばんの会に所属
詩形融合作品「煮汁」で第4回詩歌トライアスロン受賞
「拾いながらゆく」で第60回短歌研究新人賞次席
◆書籍詳細◆
新鋭短歌シリーズ47『煮汁』
2019年4月5日発行
著者:戸田響子
発行所:(株)書肆侃侃冒頭
定価:1,700円+税
https://www.amazon.co.jp/煮汁-新鋭短歌シリーズ47-戸田響子/dp/4863853602