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小坂井大輔さん第一歌集「平和園に帰ろうよ」

言わずと知れながら、短歌の聖地として知られている名古屋市の中華料理店「平和園」の店主、小坂井大輔さんの第一歌集である。その名も「平和園に帰ろうよ」。今年4月に書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズから刊行された。

食べてから帰れと置き手紙、横に、炒飯、黄金色の炒飯/小坂井大輔「黄金色の炒飯」

この歌集の巻頭歌。いったいこれからどんな歌が待ち受けているのか期待と不安でいっぱいになる。だって、この人には炒飯が光り輝いて見えてるんだもの。

とは言え、面白い歌だけが小坂井さんの魅力ではないと読めば読むほどに分かる。目の前で起こる、起きている現象に向き合うというよりもぶつかりながら歌に落とし込む。

家族の誰かが「自首 減刑」で検索をしていたパソコンまだ温かい/小坂井大輔「粉ミルク育ち」
卓球の人がポイント取るたびにうるさい体育館を横切る/同「むしゃむしゃぺっぺ」

上記の二首目なんかは特に現象を歌にするまでの瞬発力を感じるし、その歌になるまでの瞬発力がそのまま歌の魅力になっている。躊躇のなさが小坂井さんの歌の強さだと思う。

雨の音をアプリで買って聴いている晴れの日こんな午後に死にたい/小坂井大輔「ホルモン」
乗車位置ではないところに立っているわたしの後ろに出来た行列/同「顔らへんふわり」

現代社会の奇妙さはただそれを写実するだけで鋭い歌になる。ただそのねじれを見つけられるのは一握りだろう。そして、それを歌いすぎることなく淡々と歌うのは難しい。小坂井さんにはその冷静な、時に冷静すぎるほどの眼差しがある。

ぶりっ子かどうかは雪が降り出したときに見上げる顔でわかるよ/小坂井大輔「愛欲は死ね」
違うひと思い浮かべてした後のドレミファソラシドみたいな嗚咽/同「汚れた天使」

吐き捨てるように愛だって語れる。そこには対象とのやはり冷静な距離感がある。小坂井さんの作歌姿勢を象徴する歌も収められている。それが、

目に映るすべての景色が詩なんだよわかるか、なぁ、火ぃ貸してくれるか/小坂井大輔「みんな生きたい」

だ。「目に映るすべての景色が詩なんだよ」までは詩歌に身を投じるすべての人が思うことだろうが、小坂井さんは主体にそう認識させた上でタバコをつけるための火を借りさせる。この冷静さである。酔い過ぎない、近づき過ぎない、それでいて本質を素手で叩く。

不正した人に代わって繰り上がり当選しちゃった人の万歳/小坂井大輔「平等な世界」
パチンコ屋の開店を待つ人達の列は何かの導火線だな/同「虎と目が合う」
だれも見ていない所で知恵の輪を無理矢理引っ張っていて泣きそう/同「夜のデニーズ」
レジの金盗んでバイトをクビになる夢から覚めいや覚めてないのか/同「小さな穴」
すんませんもうしませんと謝って「前にも言ったよね」のとこで泣く/同「猪木のビンタ」

【詳細情報】
著者:小坂井大輔(こざかい・だいすけ)
1980年、愛知県名古屋市生まれ。「かばん」会員。「未来」短歌会会員。RANGAI。短歌ホリック同人。2016年、「スナック棺」にて第59回短歌研究新人賞候補作。

新鋭短歌シリーズ48
「平和園に帰ろうよ」
四六判/並製/144ページ 定価:本体1700円+税
ISBN978-4-86385-361-4
https://www.amazon.co.jp/平和園に帰ろうよ-新鋭短歌シリーズ48-小坂井大輔/dp/4863853610


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