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お天道様は見ている
母はよく格言めいたことを言っていた。
いいかい?たとえ1円だって10円だって、人様のものを盗んだりしちゃダメだからね。
お天道様はちゃんと見てるからね。
まっすぐ、天を指差して、そう真顔で言ったものだ。
誰も見てないからしめしめと思っても、それは必ず誰かが見てるんだからね。
天知る、地知る、己知るってね。
自分のしたことは神様はもちろんだけど、何より自分が一番よくわかってるってことだよ。
その時、本当に神様というものが居て、やっていることを全部見てるんだ、悪いことしたら罰せられるんだと子供心に心底理解したように思う。
小学4年生くらいの時だったろうか。
仲の良かった友達が万引きをしたと学校に連絡が入ったことがある。
小学校の隣にある文房具屋さん。
赤鉛筆をこっそり手提げに入れて店を出たところを追いかけてきた店主に捕まったのだと聞いた。
その話は朝の会の前の教室に物凄いスピードで伝わった。
私を含め、皆信じられなかった。
彼女は明るく運動神経もよく、すごく目立っていたわけでもないがサッパリとした性格で友達も多く、彼女の悪口を聞いたことなどなかったのだ。その子がまさか。
結局その話はなんとなくうやむやのまま立ち消えていった。
誰もその話題に触れず語らず。彼女に対してもあたらず触らず。
何もなかったかのようにいつもの学校生活に戻っていった。
彼女も最初の頃はおとなしくしょぼくれていたように見えたが、しばらくすると元通りになった。皆は彼女と今までとおり接していた。
彼女とは学校帰りに約束をして家を行き来していた仲だ。
ある日、彼女の家に遊びに行くことになった。
彼女が小声で耳元で言った。
『あの話、うちのお母さんには絶対いわないでね』
上目遣いで少し媚びたような、それでいて切羽詰まった響き。
その真剣な口調と表情に何も言えず、私はただうなづくしかなかった。
数年が経ち、母とそういえば、と彼女の話になったことがある。
私は初めて、あの時の彼女の様子を母に話した。
すると母が言った。
あの時お前には言わなかったけどね、あの子は間違いなく赤鉛筆を盗んだんだよ。
文房具屋さんの奥さんが言ってたのよ。
私も一度や二度のことだったら目をつむってたって。
何度もだから、もうこれはあの子の為にも声を上げなきゃだめだって思ったって。
彼女は時折、あの赤鉛筆のことを思い出すのだろうか。『万引きGメン』という特集などがあったら、チャンネルを変えるのだろうか。
あの時どうして盗みを働いてしまったのか。
誰も気がついていないから。
バレやしないから。
たかが赤鉛筆一本だから。
どうしても欲しかったから。
考えてもあの時の彼女の心はわからない。
そして私はなぜ彼女に謝らないとダメだよと言えなかったのか。