原動力
「え?休館日ですか?」
8月13日、あの日のことは鮮明に憶えている。
高校2年生の夏、後輩と2人で目黒の庭園美術館を訪れた。
気まぐれで訪れたわけではない、部活で取り組んでいる曲の勉強のため。
その年コンクールの自由曲で歌う、谷川俊太郎の「あなた」という詩の一部にこんな歌詞があった。
「ひとっ子ひとりいない美術館へ 古いインドの細密画を見に行こう 」
「美術館を出て 冷たい紅茶で 渇きをいやそう」
大人の恋人達の詩。大人の恋なんて分からない16歳の私。
合唱曲の歌詞に「接吻」なんて出てきた時は、照れ隠しに必死なティーンエイジャーだった。
歌詞に出てくる美術館のモデルが目黒の庭園美術館と聞いた私は、「少しでも良い歌が歌えるように」と思い、部活休みに後輩と2人で訪れたのである。
ところがいざ行ってみたら、なんと年に一度の休館日。警備員さんに確認したら、やっぱり休館日。
千葉県のJK2人が、はるばる目黒にやってきたというのに、まさかの休館日。
その場で調べたら、ちゃんと休館日8/13と書いてある。
日付が指定された休館日は一日のみ。
なぜ調べてから訪れなかったんだと思ったが、「もはや365分の1を引いた私たちは運が良かったのかもしれない」と謎にポジティブな気持ちになった。
結局大人の恋気分は味わえず、上野でパスタを味わった。
美味しいパスタを食べたら、休館日なんてどうでもよくなった。
詩の一語一句で、人の心や足を動かせる詩人・谷川俊太郎。
それは、谷川俊太郎という人物に魅力があるからだろう。
谷川俊太郎が見た光景を、自分の目でも見たいと思わせる力。
私たちは絵画を見ることはできなかったけど、彼の詩に出会わなかったら、目黒なんて行こうと思わなかった。
私も文を書く者として、ほんのわずかでいいから、知らないところで誰かの原動力になれたらと思う。