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エッセイ:3日目 - 「信号待ちのミステリー」


朝、車のエンジンをかけると、どこかで聞いたことのあるメロディが頭の中を流れていた。そうだ、昨日のラジオだ。「♪信号待ちも幸せタイム~」みたいな歌詞だった気がする。いや、信号待ちで幸せを感じた記憶なんて一度もない。むしろ焦りやイライラがほとんどだ。でも、今日はその歌を思い出したおかげで、少しだけ気持ちが軽くなった。

車を走らせて10分。最初の信号で止まったとき、さっそく目に入ったのは隣の軽トラック。荷台には、なぜか大きなシーサーが二体座っている。…いや、なんで? こんな朝からどこに運ぶの? しかも、一体は口を開け、もう一体は口を閉じていて、どう見てもペア。運転しているおじさんは無表情で、シーサーたちは堂々とした表情。なんだかじわじわ面白くなってきて、こっそり写真を撮りたくなったが、そんな勇気はなかった。

次の信号では、反対車線に目をやると、トラックの荷台にぎっしり詰まったパイナップルが視界に飛び込んできた。運転手の女性が、助手席の子どもにパイナップルを手渡している。助手席の窓からは、その子どもが全力でパイナップルを振っている姿が見えた。…いや、なぜ振る? 誰にアピール? もしかして「買ってくれ!」ってこと? 沖縄では、日常の風景がこうも自由でユーモラスだと感じる瞬間が多い。

そして、最も印象的だったのは、三つ目の信号での出来事。後ろの車をふとミラー越しに見ると、サングラスをかけた男性が大声で歌っている。音楽は聞こえないが、彼の情熱だけは強烈に伝わってくる。しかも、歌詞に合わせて体全体でリズムを取っている。その姿を見て、ふと「自分もこのくらい堂々と生きられたらいいのにな」と思ってしまった。信号が青になり、彼の車がこちらを追い越すとき、彼が一瞬こちらに目を向けて笑顔を見せた。「バレてたか」と思うと同時に、ちょっと嬉しくなる自分がいた。

昼休み、会社の同僚に「信号待ちのシーサーとパイナップルの話」をしたら、笑いながら「沖縄の日常ってエンタメだよね」と言われた。その通りだ。普通なら退屈に思える信号待ちも、この島では何かが起きる。その「何か」を見逃さないようにするには、自分のアンテナを少しだけ広げる必要がある。車の中で一人きりの時間が、そのアンテナを調整する良いチャンスになっているのかもしれない。

帰り道、信号でまた止まったとき、ふと朝のあの歌を思い出した。「♪信号待ちも幸せタイム~」。確かに、ただ車を止めて青を待つだけの時間ではあるけれど、その間に何を感じ、何を見るかで人生の楽しみ方が変わるのかもしれない。

明日もきっと、信号待ちのミステリーは続く。沖縄の道路は退屈しない。こんな日常が、実は一番の贅沢なのかもしれないと思いながら、車を駐車場に止めて家に帰った。妻に今日の「シーサー事件」の話をしたら、あっさり「それ、どこで買えるんだろう?」と言われた。いや、そこ?

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