ニョロ太の小さな大冒険
ニョロタが冬眠から目覚めた時、隣にいるはずの父と母がいなかった。
「お父さん? お母さん? どこ? 」
ニョロタはまだ眠い目をまばたきしながら周りを見渡す。
ニョロタはヤマカガシという種類の蛇だ。赤みがかった体に黒い縞模様が浮かんでいる。まだ昨年生まれたばかりなので体は小さく、牙も短い。
つぶらな瞳を精一杯広げながら、両親の姿を探し求めた。
若葉が萌え、花が咲く。木々は空に向かって伸び、鳥が楽しそうに歌う。
心地よい春の風がニョロタの体を吹き抜けるが、まったく気がつかない。
眠りにつく時には確かにあったあぜ道や稲を刈り取った後の田んぼはすでに無く、白い玉砂利が一面に敷き詰められていた。
しかし、そこには黄色と黒の縞でいくつもの資格が作られ、色とりどりの巨大な鉄の塊が置かれていたのだった。
「うそ……ここはどこ? お父さん、お母さん? 」
ニョロタは声を上げるが、耳に馴染んだ声は聞こえない。
虚しく空に消えて溶けていくだけ。
何度か呼びかけるが、結果は同じだった。
ぐううう
「お腹が空いたな」
ニョロタは首を地面に向けながらつぶやいた。
いつもなら母親が獲ってきてくれた魚を食べていたのだが、その母親はいない。近くの川にはどじょうやアメンボ、小魚が気持ちよさそうに泳いでいる。でも、ニョロタは近づこうとしない。動いているものが怖くて近づけないのだ。母親が獲ってきた餌もすでに事切れているものしか食べられなかった。
特に苦手なのが……
「よう、ヤマカガシの坊主」
低くくぐもった声がした。
ビクリ、とニョロタの体が動いた。ゆっくりと振り返る。
そこにはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべたウシガエルがいた。
土色の体はぬめりから光っており、いくつもの突起が見える。
ぎょろりとした瞳で見られるとそれだけでニョロタは動けなくなってしまう。それほどこのウシガエルが苦手だった。
「……ゲコ、助、さん……」
ようやくウシガエルの名前を口にした。
じっとりと体が汗を伝う。小刻みに震えるのを何とか抑えようとするが、一旦染み付いた怖さはなくならない。
「何だ、親父とお袋は? 」
ニョロタは黙ってうつむくだけだった。
「お前、捨てられたのか? 」
「違う! 」
「じゃあどこに行ったんだ?」
「……」
ゲコ助は哀れみの視線をニョロタへ送る。
ニョロタは知らないが、数日前に巨大な二足歩行の生物がヤマカガシを根こそぎ捕まえていたのをゲコ助は川の中で見ていた。
ここにはもういられない。
ウシガエルたちもそろそろ別の土地へ移る算段をしているところだった。
「悪いことは言わん。早くここを去れ」
「いやだ」
「親父もお袋もいないのにどうするんだ」
その問いにニョロタは答えられなかった。
(これは夢だ……夢から覚めたら、お父さんもお母さんもいる……)
ゲコ助はニョロタにこう言った。
「獲物の獲り方を教えてやる」
ニョロタはポカン……と口を開けたまま、ゲコ助を見つめる。
その日から、厳しい特訓がはじまった。
水の中を泳ぐ特訓、高い木に登る特訓、草原をすばやく移動する特訓など、ニョロタはゲコ助の特訓に耐えてたくましくなった。
何年かしたある日、ニョロタは川の水面に映った懐かしい顔に出会った。
「お父さん! 」
ニョロタの顔がほころんだ。
「ここにいたんだね、会いたかった! 」
ニョロタは夢中になって顔を父親に近づけた。
次の瞬間。
ザバーン!
ニョロタは川の中へ落ちてしまった。
(会いたかったよ、お父さん……! )
水の中にお父さんはいなかった。それでもいい。ニョロタは嬉しそうに目を閉じた。
春の風が青い草を揺らし、川はさらさらとおだやかに流れていた。
おしまい