【三題噺】己が進む道
お題:少年少女、客席、風鈴
いつまでこうしていればいいのか。
拙者は下級御家人の嫡子でござる。
父が長く病みついており、薬代を得るために内職をしていた。元々絵を描くことは好きであったから、風鈴の絵付けや黄表紙の挿絵を描いている。定期的な仕事を貰えるのは有難いが、武士の本分を時折忘れそうになる。
父にはこの事を黙っている。頑固で、絵描きをしている息子を見たら卒倒しそうだからだ。
しかし、私の絵付け仕事が家計を助けているのも事実だったから、母も父には最後まで内密にしようと決めたようだ。
ある時、外へ出かけた際、素晴らしい景色を見た。思わず矢立を取り出して描いていると、少年少女達が「すごい!すごい!」と囃し立てて来たので請われるままに絵を描いた。犬、猫、鳥、人など、たくさん描いた。時間を忘れて夢中になって描いた。楽しかった。こんなに楽しい事はなかった。
またある時、風鈴売りとすれ違った。拙者の描いた絵付けの風鈴が売られていた。何となく後を付けて見ると、若い女性が拙者の風鈴を買っていた。嬉しかった。あんなに喜ばれていると初めて知った。
もっと描きたい、という想いは日に日に強くなっていく。しかし、それは御家人とはいえ武士の家に産まれた以上、望んではいけなかった。
いずれは筆を捨て、将軍家に仕えるのが拙者のさだめ。
ある日ついに絵を描いている事を父に知られた。父は激怒し、描きかけの絵は破かれ、道具は全て捨てられてしまった。これで、良かったのだと思い込んだ。
それから半月ほど経った日。道場仲間に誘われて行った寄席で、元武士の噺家が喋るのを見た。とても楽しそうに、生き生きと話す姿を見ていたら、客席にひとがいるのも忘れて泣いていた。
やっぱり絵が描きたい。
勘当も覚悟して病床の父に会った。すると、父は捨てたはずの絵道具を返してくれたのだ。
「どうせやるなら本気でやりなさい」
それが父の遺言になった。
そして今、絵師としての一歩を踏み出した。見る人全てが驚き、感動する一枚を描くために、今日も描き続けている。