【小説風食レポ】夏トマトの冷たい塩らぁめん
平日の朝9時。
私は2席しかないカウンターの右側に座り、その時を待っていた。
待ち時間に持っていた新書を開くものの、文字が頭に入ってこない。昨夜は中途半端な時間に覚醒してしまい、寝不足。それでなくても連日の猛暑に加えて仕事が忙しく、消耗する日々が続いていた。
そんな中でようやく来た休日。
行き先は前から決めていた。
注文するものも決めていた。
私の後ろには木製のテーブル席が全部で8席。いずれも男性で埋まっている。
全部で10席しかない小さな店・ちっきんは藤枝市でも有名な朝ラーメンの店だ。
私の住む静岡県焼津市には朝ラーメンという風習がある。
茶農家が多く、朝早くから作業をする人たちに向けてラーメンを提供したのが起源と言われているが、今では焼津市、藤枝市、島田市といった志太地区では当たり前の光景である。
休日ともなると行列のできる店も多く、私は混雑を避けるために平日休みを利用して訪問するのを常としていた。
着席して数分、その時が来た。
「夏トマトの冷やし塩らぁめんです。お待たせしました」
透明なガラスの器に盛り付けられたラーメンが目の前に供された。
美しい赤が眩しく映る。
これを見ると、夏が来たなぁ……と思う。
早速、スープを木製のレンゲですくう。とろみのついたスープがゆっくりとレンゲを満たしていく。
待ち焦がれたように、口に運び、啜る。
スープのベースは魚介と鶏、豚のブレンド。癖は少ないが、その分濃厚な味わいが口の中に広がる。トマトの酸味は抑えつつも旨味はたっぷりと滲み出ている。
やっぱりここのスープは美味しい……。
カウンターの前に置かれた箸立てから割り箸を取り出し、手早く割るとスープをかき混ぜて、底に眠っていた麺を引っ張り出した。
キリっと冷やし、しめられた平打ち麺にスープが程よく絡みつき、喉をさらりと通過してしまう。
今日も朝から暑い。
この冷たさが喉を通るたびに、体の火照りが少しづつ薄まっていく気がする。
麺をすする音が響く店内。
誰もが無言になる。
目の前の一杯と真剣に向き合っている客ばかりだった。
角切りトマトを口にすると、スープにはなかった塩気を強く感じる。体に塩分が足りてなかったのか……と今更ながら最近の不摂生ぶりを反省せざるを得ない。
麺がひと通りなくなったので、レンゲを使って底に沈んだトマトや角切りチャーシューをすくい上げて口へ運ぶ。
冷たいスープに浸かっていれば固まった脂が浮いていも良さそうなものだが、それがない。
しっかりと火を通しているにも関わらず適度に柔らかく、肉の味も感じられるこの店のチャーシューは私の好物だった。
そのうちレンゲを使うのももどかしくなってきたので、器を両手で持って縁へ唇をつけてスープを飲み始めた。
ごくり、ごくり、と喉が鳴る音が自分でもよくわかる。
このひと口ひと口が体を作る。
これで明日からも元気に働けるだろう。
ものの10分程でスープまで完食。
「ごちそうさまでした」
代金900円を支払い、店の外へ出る。
強い陽射しが照りつけて来たが、つかの間の涼を楽しんだ私の足取りは軽やかだった。
【ちっきん】
住所 静岡県藤枝市田中2丁目13-6
電話 054-646-6078
営業時間 7:00〜14:00
定休日 日曜、月曜
Twitter @chikkinramen
ブログ http://chikkin.blog.fc2.com/
備考
駐車場は道路を挟んで斜め向かいの学習塾の駐車場が使えます。
また、唐揚げ大ちゃんの駐車場も使えます。