【投稿作品】死活問題
狭いコクピットの中を怒号がこだました。
「いい加減にしろ!!」
「このままだと、我々は飢え死にしちまう!!」
「肉……肉を寄越せ!!」
船長はため息をつきたい気持ちを抑え、部下たちを振り返った。
「気持ちは分かる。だが、すでに宇宙協定で定められた分の肉は獲り尽くしてしまったではないか!まして、人間を狩るなどとは……貴様ら、正気か?!」
一瞬、彼らが怯むのがわかった。
「しかし……このままでは軍の士気は下がる一方であります!」
「我々の使命を果たすためにも、一刻も早く食糧難を解決しなくてはなりません」
そんなものは百も承知している。
しかし協定違反を犯してしまっては、使命を果たす前に我々が宇宙の塵とされてしまう。それだけは絶対にしてはいけないと思った。
ところが。
『こちら「XX-4400111」1130目的地に到着』
ディスプレイから機械越しに無機質な声が流れてきた。
食料捕獲用の手袋型捕獲ロボットからだった。
「な……っ?!誰が勝手に地上に下ろしたんだ!?」
船長は目を見張った。
「我々の総意です」
との声がしたかと思うと、船長は猿ぐつわをかまされ、全身を縄で縛りあげられてしまった。
モニターに映し出されたのは、青い空と、広大な地に広がる黄金色の波。
この星に生育する稲、と呼ばれる植物だった。
生憎、侵略者たちにはこの植物を食べる習慣がないので、単なる草としか見えないのだが。
『こちら「xx-4400111」1131、ターゲットを発見』」
船長は何かを言おうとするが、くぐもってしまい、言語にならない。
動こうにも周りを囲まれてしまっては、どうしようもない。
次に映し出された映像に、一同目が釘付けになった。
「おかあさん。これをどこにはこべばいいの?」
「サーラ、向こうの束と一緒にしておいてくれる?」
「はーい」
白くて、体のラインがわかる服を着、腰のあたりに布を巻いてある。
丸顔で、黒い髪を肩まで伸ばしている女の子が稲の束を大事そうに抱えている姿だった。
おおーっと歓声が上がった。
「見ろ、人間だ」
「丸々として美味そうじゃないか」
「隣の大人はちょっと細すぎるから、やっぱり子供だな」
口々に感想を述べる。その瞳は皆、不気味な光を放っている。
船長は「むぐぐ……ぐぐ……」と何かを言おうとしているが、誰も耳を傾けようとしない。
『こちら「xx-4400111」ターゲットとの距離、50m』
母娘の姿が徐々に大きくなっていく。
まだこちらのロボットには気づかないようだ。
「なあ、どうやって食べるか?」
「大人の方は煮込んでシチューだ。子供は血抜きをして生にするか、軽く炙るか……」
「俺、生がいい」
「馬鹿野郎!ああいう柔らかい肉はレアが一番美味いんだぞ」
部下達は数時間後にやってくるであろう久々のご馳走のことで頭がいっぱいになっているようだ。
その間に、船長は壁になすりつけるようにしてようやく猿ぐつわを下にずらすことに成功した。
「やめろ! xx-4400111、動作を停止せよ!!」
船長の命令に捕獲ロボはその場に停止する。
「おかあさん。これをいっぱいとったら、おとうさんよろこんでくれるかな?」
「もちろんよ、サーラ。たくさん取って、美味しいご飯をいっぱい食べれば、お父さんはすぐに元気になるわ」
「ほんとに?さあら、もっとはこぶね」
女の子は頬を赤く染めながら、再び稲の束を抱えて歩きだす。
「クソッ、何しやがるんだ、船長?!」
「協定を破るわけにはいかん!」
「協定協定ってうるさいんだよ!貴様も食料にしてやれ!!」
目の前にナイフをちらつかされた船長は、顔面が蒼白になった。
「そ、それは……」
「命が惜しければ、命令するんだ。そのふたりを狩れってな!」
ディスプレイからは幸せそうな笑い声が流れてくる。
すぐ前には鈍色に光るナイフ。
ここで断れば、自分が食料にされてしまう。
「xx-4400111、目の前の人間を……狩れ」
船長は、震えながら絞り出すように。
次の瞬間、人間を狩る瞬間を見ることなく船長の意識は闇に沈んだ。
初出 201802 投稿作