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今だから言えるあの頃の話10:前職で知り合った人たちに挨拶に行き経験したことがない程の現実の厳しさを知る

事務所も借り、行政書士登録もして、知り合いすべてに挨拶状を送った私は、もう後戻りできない状況でした。
それどころか、開業の夢が膨らんでいて、気持ちが先走っている状態だったと思います。

一番心配だったお金のことも、何とかなるはずと信じていました。
最初は根拠のない自信でしたが、動き出すにつれ、期待できそうな話がいくつか飛び込んで来たのです。
これはおそらく、開業あるあるなのかもしれません。

挨拶状を出した私は、何かにつながればと思い、とにかくに人に会いに行きました。まずは前職で知り合った人たちにアポを取りました。
実は前職で、役所とのつながりをもつ機会があり、私が退職する際には送別会のようなものも開いてもらいました。

仕事をしている時にはあまり意識していませんでしたが、送別会に集まってくれたのは、経産省関連の仕事をしている人や、銀行の役職者、創業融資の窓口になっている人がいて、私が取り組みたいと考えていた女性の開業サポートにつながりそうな気がしました。
実際送別会でも、そんな話で盛り上がりました。

当時、ちょうど創業関連の補助金が創設されることになり、経産省関連の人に連絡すると、すぐにでも仕事がありそうな雰囲気でした。しかも、毎月安定的に報酬が出せそうだと言うのです!
これまでやって来たことが、こんなにも早く成果につながるなんて、本当に飛び上がるくらい嬉しかったです。
その人が言うには、「とにかく情報収集が必要だから、東洋経済と日経ビジネスは定期購読しておいて!費用はこっちで払うから!」とのことでした。
もちろん、すぐに2つの経済雑誌を定期購読手続きしました。

彼は私と同年代か少し下だったと思います。大企業を辞めて役所に入ったそうで、切れ者という印象でした。話が早いというか、私がやりたいことをすぐにでも実現してくれそうなことをいつも言ってくれました。
仕事帰りに何度か私の事務所に寄って行くこともあり、彼に言われて定期購読を始めた日経ビジネスを持ち帰ることもありました。
私の開業をとても喜んで、応援してくれている様子でした。

結局、その人から仕事が入ることは一度もありませんでした。
もちろん、定期購読は自腹です。
何年か交流は続きましたが、最後の方は、仕事があるという話すらなくなり、言ったことすらなかったかのようになりました。
もちろん、それでよかったと思います。
当時はショックを受けましたが、すべて簡単に信じた私が悪いですし、変に仕事などもらわなくて良かったというのが正直な気持ちです。

また、銀行の役職者の男性は、部下を連れて事務所に来てくれました。
部下の方は、私のブログを偶然読んでくれていて、「会えて幸栄です!独立するなんてスゴイです!」と、嬉しいことを言ってくれました。
ブログは誰かに届いているんだなとわかり、やりがいを感じました。
私は男性に言われるままに、彼の勤める銀行で新しく口座を開設し、その後、口座開設する人を数人紹介しました。
銀行では毎年部下が変わり、その度に事務所に訪問され、色々と営業されました。
最後は、会社設立のお客様に勝手に税理士を紹介され、資金調達の仕事を奪われました。悪気なく奪っていく姿を見て、あっけにとられました。
今は、使っていない通帳だけが残っています。

創業融資の窓口になっていた役職者は、前職の時から気難しいイメージがありました。挨拶に伺うことは許してもらいましたが、まったく歓迎ムードではありませんでした。
挨拶に伺い、私が40代の女性の開業を応援したい、創業融資のサポートにも興味があると話すと、明らかに機嫌が悪くなりました。
「気軽に応援なんてしないでくれ!」と言われました。
「これまで多くの人の創業融資に関わって来たけど、なんであの時金を貸したんだ!と、怒鳴れたことが何度もある。返せなくなって借りたことや開業自体を後悔して、こちらのせいにする人はたくさんいるんだ」
厳しい現実を見せつけられ、何も返す言葉がありませんでした。

そしてもう一人、前職でつながりのあった役所の男性がいました。
開業してすぐに、その方から相談の電話をもらいました。
母親が認知症で、銀行のお金がおろせなくて困っているという話でした。銀行から後見手続きをするように言われたようで、怒っていました。
「母親の金は俺の金と同じだろ、なんで手続きが必要なんだよ」

実はこの考え方の人には、このあとも数人出会いました。母親のお金は母親のもので、子供のものではありませんが、それを言うと怒り出す人が一定数いるのです。驚きます。
最近は、銀行では家族カード(代理人カード)が作れるようになりましたが、それも本人が認知症になったら使えなくなります。
徐々に正しい情報や知識が広まるといいなと思います。

そんなわけで、私の前職でのつながりは、仕事につながることはありませんでした。甘い考えの私をたたき直してくれたと考えると、良い経験だったと思います。
ただ、当時の私には、かなりショックな出来事でした。
「何か頼めることがあるかもしれない」という社交辞令は、開業したばかりの人間に期待を持たせます。こちらとしては不安を抱えている時に甘い言葉を信用できそうな人からかけられたら、そりゃあ期待してしまうだろう!と思いますが、客観的には、甘いの一言なのでしょうね。

人は嘘をつくし、よかれと思って社交辞令を言います
40代後半にして、そんな現実を知りました。

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