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恋をするなら晴れた日に

あんなー、うちのオカンが言うねん
「心が晴れの日に人を好きになりなさい」って

ほら、心が弱ってる時ってさ、
いい事でも悪いことでも
いつもの倍くらってもーたりするやん
心の目がくもるっちゅーのかな

やから、弱ってるところチャンスやって
つけこんでくる男もおるやろし
そーじゃなくても神様みたいにすがりついて
逆に負担になってもーたり
まー、そーゆーのは長続きせんのやって

やからな、心が晴れの日に好きになれたら、
その恋は本物やからって

東ねねさん著「東京宵町シンデレラ」より

読んでいてハッとした。
「心が晴れの日に人を好きになる」なんて、これまで考えたこともなかったからだ。

———わたしがこれまで恋に落ちたとき、果たして心はすっきりと晴れていたのだろうか。
それとも、冷たい雨が降っていただろうか。

***

上の台詞は、東ねねさんの「東京宵町シンデレラ」というマンガに出てくるものだ。
「東京宵町シンデレラ」は、女性用風俗を舞台に、お客さん目線のお話やセラピスト目線のお話、予約の管理などを務める内勤スタッフのお話などをオムニバス形式で描いたマンガである。

舞台こそ女性用風俗ではあるものの、アダルトな内容を前面に押し出しているわけではなく、登場人物ひとりひとりの心情や、主人公たちが成長したり変化したりする様子を丁寧かつ繊細に描いている。

先程引用した台詞は、セラピストの虎太郎こたろうが内勤スタッフのるるに向けてかけたもの。
るるは聖那せなというセラピストに憧れていて、その気持ちを恋だと認識していた。

ところが、ある事件をきっかけに聖那がセラピストを辞めると言い始めた際、どんな言葉をかけるべきかと悩んだことで、自分の気持ちは本当に恋なのか、そもそも恋愛的な「好き」とはどんな感情なのかというところからわからなくなってしまう。

そんなるるに虎太郎は、恋愛的な「好き」がどんなものなのかはわからないと言いつつも、自分が大切にしていることとして上記のような答えを返したのだ。

***

虎太郎の台詞を目にした瞬間、ほとんど反射的に記憶を遡っていた。

わたしがこれまで恋をしたとき、心の空模様はどんなものだっただろうか、と。

振り返ると、心に雨が降っているときに誰かを好きになった経験はほとんどなかった。
不意打ちで始まっている恋が多かったから、心模様なんて意識していなかったと言う方が正しいかもしれないけれど。

———ただ、一度だけ。
自分でも気づかないほど微弱に降り続いていた心の雨に、そっと傘を差し出してもらったような気持ちになった、その瞬間に始まった恋があった。

その傘のおかげで雨はかからなくなって、とても救われた気持ちになったことを今も覚えている。

もう好きという気持ちは全くないし、どこで何をしているのかもわからないけれど。
その人の心に雨が降ったとき、そっと傘を差し出してくれる誰かがいてくれたらいいなと思う。

***

心に雨が降っているとき。
冷え切って寒くて、落ち着いて物事を判断する思考力がなくなっているときに起きた物事や出会った人は、虎太郎の言う通り、良くも悪くも大きな影響を与えるものだとわたしも思う。

だから、雨が降っているその時は冷静になれなくても、雨が弱まった瞬間でもいいから、少しでも起きたことを振り返ることができたらいい。

きっと、恋に限らず、あらゆる物事に通ずる大切な考え方なのだろう。

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