【#あんクリ製作委員会】あんクリ小説版/いろり庵のあすかさん-15
食器用洗剤とお風呂用洗剤と柔軟剤。
必要なものは、これでそろっただろうか。
———1年ほど前、商店街からほど近いところにできた大型ショッピングモール。
商店街のおじいちゃん方は思うところが少なからずあるようだけど、スーパーもドラッグストアも同時に立ち寄ることができて便利なのは正直否めない。
モールの中ならまあまあ遅い時間でも開いているから、お店を閉めて翌日の仕込みを終えた後でも間に合うしね。
さて、あとは食料品を買って帰ろうかな。
地下に降りようと、エスカレーターに向かって歩き出したその時。
「とうちゃあああんっ」
小さな男の子が泣きそうな声で叫ぶのが聞こえた。
慌てて辺りを見渡すと、4〜5歳くらいの男の子がキョロキョロしながらこちらに向かって歩いてくる。
どうやら迷子になってしまったようだ。
「大丈夫?お父さんとはぐれちゃったの?」
「とうちゃんが、とうちゃんがいないの……」
「そっか、怖かったよね。
もう大丈夫だよ、一緒にお父さん探そうか」
名前を聞いてインフォメーションセンターで放送してもらえば、気づいてもらえるだろうか。
「お父さんに早く会えるように、お店の人に放送してもらおう。
お名前聞いてもいいかな?」
「———聡太!」
「とうちゃん!」
男の子が答えるより先に、背後から男性の声がした。
男性に気づいた男の子は私の横を通り過ぎ、声の方に向かって駆けていく。
………あれ、この声……。
「すみません、ありがとうございました
……って、あすか!?」
「梅澤先輩!」
「久しぶり!元気してたか?
どうした、そんな驚いた顔して」
「先輩………、」
「ん?」
「お子さんいたんですか!?」
「え?」
***
「なるほど!そういうことだったんですね」
「そうそう。明日の夜には迎えに行くから、それまで見ててくれって姉貴に頼まれてさ」
立ち話も何だし、せっかくだから夜ごはんでもということになって移動したフードコートで、話を聞いて納得した。
お姉さんのお子さん……甥っ子かぁ。
「つか、あすか、俺が独身なの知ってるだろ。
なんだよお子さんって」
「聡太くんが先輩のこと“とうちゃん”って呼んでたから、お子さんなのかと思っちゃって」
「あー、そういうことか。
俺の名前、冬に馬って書いて“とうま”って読むから、俺のこととうちゃんって呼ぶんだよね。
確かにそれを知らずに聞いたら父親を呼んでんのかと思うな」
冬馬さんだから“とうちゃん”か。なんか可愛いな。
「ねぇ、冬ちゃん」
「ん?」
「このお姉さん、だれ?」
「前に冬ちゃんと一緒に仕事してた人だよ。
今はたい焼き屋さんをやってるんだよ」
「たい焼き!?ぼく、食べたことある!
ママと一緒に食べたんだよ!また食べたーい!」
「じゃあ、明日食いに行くか。
お姉さんのたい焼き、すっげぇ美味いんだぞ。
ママとパパにも買っておいてあげよう」
「やったー!パパとママも喜んでくれるかな?」
「ああ、喜んでくれるよ、絶対」
弾けるような笑顔で話す聡太くんに、優しく穏やかに応える先輩。
もし本当にお子さんがいたら、きっと先輩はいいお父さんになるんだろうな、なんて思いながら2人を見ていた。
***
「いらっしゃいませ〜
……あ、先輩に聡太くん!」
「よっ、あすか」
ショッピングモールで会った次の日、夜ごはんの席で話していた通り、先輩は聡太くんと一緒に来てくれた。
「聡太、あんこのたい焼きかクリームのたい焼きかどっちがいい?」
「………冬ちゃん」
「ん?」
「ぼく、このお店きたことある」
聡太くんの言葉に、目を見開く。
私、知らないうちに先輩のお姉さんにお会いしていたんだ。
私が後輩だったことをご存知の上でいらしたのだろうか。それとも偶然……?
「えっ?いつ?」
先輩も初耳だったのか、驚いた顔で聡太くんに尋ねている。
「うーん……忘れちゃった。
でも、ぼく、ママとここでたい焼き食べたんだよ」
「そうだったのか。姉貴の奴、いつの間に……。
まあいいや、聡太、どっちにする?」
「クリーム!」
「クリームね。
そういえば俺、いつもあんこ頼んでたからクリーム食ったことないな。
じゃあ、店内でクリーム2つと、持ち帰りは……」
「ママはね、あんこのたい焼き食べてたよ!
パパもおうちであんこの食べてた!」
「へえ、姉貴とお義兄さんはあんこ派か。
じゃあ、持ち帰りはあんこ2つで」
「かしこまりました。
お席までお持ちしますので、少々お待ちください」
レジを離れる間際、たい焼き楽しみだね、と嬉しそうに話す聡太くんの声が聞こえて、思わずふふっと笑みがこぼれてしまった。
***
「お待たせいたしました。
お持ち帰りのたい焼きはこちらに置かせていただきますね」
たい焼きが乗ったお皿を置くと、聡太くんはぱあっと目を輝かせた。
「お姉さん、ありがとう!いただきまーす!」
ぱくっと勢いよくかぶりつくと、満面の笑顔を浮かべる。
「おいしい〜!」
あまりにも美味しそうに食べてくれるので、私もつられて笑顔になってしまう。
「ねぇ冬ちゃん、たい焼きおいしいね!」
「ああ、あすかのたい焼きはやっぱり美味いな。
クリームは初めてだけど、卵の風味が濃厚ですげぇ美味い」
「ありがとうございます。先輩に褒めていただけると、本当に嬉しいです」
一緒に仕事をしていた時から思っていたけど、先輩はとても美味しそうに食事をする。
そんな先輩の美味いという言葉に、私はいつも自信をもらっているのだ。
「なぁ、あすか」
「はい?」
「また今度、飲みに行こう。この間いい店見つけたんだ」
「いいですね!ぜひ行きましょう!」
先輩と最後に飲みに行ったのは、私がまだ一緒に仕事をしていた時だ。
いったいいつぶりだろうか。会社を辞めてもなお声をかけていただけるなんて、とてもありがたいことだ。
「冬ちゃん、お姉さんとごはん食べに行くの?ぼくもまたお姉さんに会いたい」
「また一緒にたい焼き食べに来よう。そうしたら会えるよ」
目線を合わせ、また叔父さんと一緒に食べに来てね、と声をかけると、うん!絶対また来る!と元気いっぱいに答えてくれる聡太くん。
思いがけないところから元気と温かさをもらった2日間だった。
***
これまでに一度しか出てきたことのない人物を登場させたいという気持ちと、「甥っ子に“とうちゃん”と呼ばれる先輩を見て誤解するあすかさんを描きたい」という願望からできた15話でした。
ちなみに、先輩のお姉さんと聡太くんが初めて登場したのは11.5話です。こちらもよかったら読んでみてください✨
最後までお読みいただき、ありがとうございました😊
*「あんこちゃんとクリームくん」作品集