そっと寄り添う、見えない翼。
「その日の天使」は、本当に思いもかけないところから現れるものだと、昨日改めて実感した。
——昨日のわたしは、朝からとても気分が沈んでいた。
表情筋がまるで動かず、それどころか、身支度をしているだけで涙がこぼれてくる始末。
それでも、始業時間を迎えて開館すれば、わたしは「博物館の案内スタッフ」だ。
わたしの仕事は、来てくださったお客様に楽しんで頂くこと。「来て良かった」「また来たい」と思って頂くこと。
お客様の前で暗い顔をするなんて絶対にありえないのだ。
そんな風に自分に喝を入れ、スイッチを切り替えてどうにか過ごしていたわたしの前に、1人目の天使はそっと現れた。
——それは、給湯室で加湿器のタンクの水を補充していた時のこと。
1つ目のタンクに水を足し、もう1つのタンクも水を入れようと蓋を回したものの、いくら力を入れても硬くて開かない。
回す方向を間違えているのかと思い、確かめてみたものの、そういう訳ではないようだった。
これは…と思いながら格闘していると、
「蓋が開かないの?ちょっと貸してみて」
ひょっこりと顔を覗かせた清掃さんが声をかけてくださった。
「すみません、わたしたちの休憩室にあるものなのに」と謝ると、
「いいのいいの!ちょっとこれ持ってて」
手に持っていた袋をわたしに渡して、代わりにタンクを手に蓋を回し始める。
「あれ、これ本当に硬いねぇ!前に蓋した人連れてきて開けろって言ってやりたくなっちゃう」
明るく笑い飛ばしながら、格闘しつづけること数分。
「ああ!やっと開いた!」
清掃さんのパワーと根気を前に、ついに蓋が白旗を上げたのだ。
「すごい!ありがとうございます…!」
タンクを受け取り、清掃さんが持っていた袋をお返ししようとすると、
「それ、力は付かないかもしれないけど良かったら食べて」
よく見ると、それはコンビニで売っているお菓子のアソートパックだった。
「え、これ、清掃さんが皆さんで食べられるものじゃ」
「違うわよ〜! ほら、それ食べて元気出して」
1人で食べるには多いくらいのお菓子と優しさを残して、天使は笑顔で颯爽と去っていった。
***
その後、休憩室から展示場に戻って担当のコーナーに立っていると、家族連れのお客様が目の前を通った。
「こんにちは〜」
挨拶をすると、家族連れの男性がこちらに近づいてくる。
よく見ると、いつも小さなお孫さんを連れて遊びに来ている常連のお客様だった。
もう冬休みに入っているのか、いつもはいないお母さんと小学校低学年くらいのお兄ちゃんも一緒だ。
お兄ちゃんも弟くんもサンタの帽子をかぶっていて、思わず笑みがこぼれる。
「サンタさんの帽子かわいいね!」
目線を合わせようとしゃがんで話しかけたわたしに、お兄ちゃんは、持っていた袋からそっとお菓子の包みを差し出した。
「えっ、くれるの!?ありがとう〜!」
人懐っこい弟くんとは対照的に、照れ屋さんなところがあるらしいお兄ちゃん。
「メリークリスマスは?」とお母さんとおじいちゃんに促されるも、何も言わずモジモジとしている。
「メリークリスマス!」
代わりにわたしがお兄ちゃんに言って立ち上がり、お母さんと少しお話しをしたところで、サンタさんご一行は次のコーナーに向かって歩いていった。
——わたしは、サンタの格好をした男の子たちの背中に白い翼を見た気がした。
まさか、こんな形で2人目の天使に出会うとは。
***
夜になり、帰宅してメールフォルダの確認をしていると、DMに混ざってある方からメールが届いていた。
この間noteでつぶやいた内容を気にかけて、メッセージを送ってくれたようだった。
“あなたは絶対に悪くないから、自信を忘れないで”
“抱えた悩みも苦しみも、永遠には続かないから”
“とにかく自分を守って”
わたしを思いやってかけてくださるたくさんの言葉に、凍りかけていたこころに少しずつ温度が戻ってくるのを感じた。
きっと、顔は見えないこの人も、背中に大きな翼を持っている。
辛くても前を向いて歩いていれば、見てくれている人はいるのだと、未来へ進む勇気をもらった気がした。
——昨日の朝のわたしは、もう消えてしまいたいくらいの心境だったのに。
今日のわたしのこころには小さな炎が灯っているのだから、本当に不思議だ。
「その日の天使」は、思いもかけないところから。
読んでくださった皆さんの周りにも、そっと現れることがあるんじゃないかと思う。