見出し画像

【#あんクリ製作委員会】あんクリ小説版/いろり庵のあすかさん-5

夜更け過ぎに帰った私は、2階には上がらず、真っ直ぐにおばあちゃんの部屋へと向かった。

仏壇の前で正座をしておりんを鳴らすと、目を閉じて手を合わせる。

………ねぇ、おばあちゃん。
今、すっごくおばあちゃんに会いたい。
町のみんなも大好きだったあの笑顔が見たいよ。

———その時。
ガタガタと店の方から音が聞こえて、私ははっと我に返った。

泣いてる場合じゃない。
明日もお店を開けなきゃいけないし、早くお風呂に入って寝よう。

私はそっと立ち上がると、部屋を後にして今度こそ2階に上がった。

***

明くる日、お店にやって来たのは思いがけない人物だった。

「いらっしゃいませ、こんにちは〜
………、梅澤うめざわ先輩!?」

「よー、久しぶり!元気?」

「はい、おかげさまで。
来て下さってありがとうございます、嬉しいです」

「最近商談してる取引先が割と近くて、そういえばあすかのたい焼き屋ってこの辺だったな〜と思って。あんこのたい焼き1個頼む」

「かしこまりました。
すぐに焼くので、どうぞ座って待ってて下さい、先輩」

「ありがとう、久々に食べられて嬉しいよ」

いろり庵を継ぐ前に働いていた会社でお世話になった、梅澤先輩。
上司に退職の話をする前に、祖母のたい焼き屋を継ぎたいと思っていると相談した時も、私が辞めることを残念がりながらも背中を押してくれた、とても温かい人だ。

久しぶりに来て下さって嬉しかったからか、気づいたら手が勝手にあんこを多めに入れていた。

***

「いや〜、変わらず美味いな、あすかのたい焼きは」

「やったー!ありがとうございます!」

「特に中のあんこ、甘いだけじゃなくて、程良く塩気も効いてて本当に美味いよ。
これ、お前が作ってるんだよな?」

「レシピは祖母が作ったものなんですけどね。
私は、祖母が作り上げた味を損なわない様に守ってるって感じです」

「なるほどな。
……やっぱり、もう一回食べに来て正解だったな」

「え?」

「今、うちのグループのコンビニで、和風スイーツの新商品を出すって話が進んでてさ。
そのうちの一つにあんこを使ったスイーツをって話があるんだけど、このあんこすっげぇ美味いから、開発するに当たってレシピとか参考にさせてもらえたらなーって………。
もちろんタダでとは言わないし、あすかさえ良ければ、なんだけど」

「そうなんですね……!
梅澤先輩にはいろいろお世話になりましたし、私に出来ることならぜひ協力させて下さい!」

「本当か!?ありがとう、本当に嬉しいよ。
………ちなみにさ、ここの店って、お前一人で回してるんだよな?」

「はい、全部一人でやってます」

「すげぇな、よく頑張ってるよ………。
………これもあすかが良ければだし、交渉してみないと何とも言えないけど。
もしうちのコンビニスイーツにあすかのあんこのレシピが採用されたら、ここの店の分のあんこもまとめて作って卸したりも出来るかもしれないぞ」

「………!」

あんこをまとめて作って卸してもらう。
確かに、会社に協力してもらえたら、私のやることや負担も少しは減らせる。
———だけど、もしもセントラルキッチンで大量に作られるあんこの味が、少しずつレシピからかけ離れていくことがあったら。

それは、おばあちゃんの味を守っているとは言えなくなってしまうのではないか。

………それでは、意味が無くなってしまう。
私がここに帰ってきた意味が———。

「………ありがとう、ございます。
先輩のお心遣いは、本当にありがたいです。」

「だけど、私が退職してこの店を継いだのは、祖母が作るたい焼きを守りたいからなんです。
“守る”ってことは、子どもの頃から祖母の味に慣れ親しんで、祖母がたい焼きを焼くのを隣で見てきた私の手で、私が一つ一つ作ることなんじゃないかなって思うんです。
………なので、うちの店の分のあんこは、やっぱり自分で作りたいです」

「………そっか、そうだよな。
ごめんな、軽率なこと言って」

「いえ、先輩が私を気遣って言って下さっているのは分かっているので……!
………新商品、良いものが出来上がるといいですね」

「あぁ。成功させられるように、頑張って話を進めるよ。
お前も無理しすぎない程度に頑張れよ」

「はい、ありがとうございます!
レシピ、後でメールで送りますね」

「おう、よろしく! じゃあまたな」

「はい!お気をつけてお帰りくださいね」

———この店は、私が責任を持って守る。
改めて覚悟を胸に宿しつつ、私は先輩を見送ったのだった。


***

小説版「あんこちゃんとクリームくん」、あすかさん目線で第5話を書いてみました😊

ちなみに、このお話には後日談というかスピンオフがあります。
理由は伏せますが、わたしも後日談がどんな風に織りなされるのかは知らない状態です……!
わたしも皆様と一緒に後日談を楽しみにしたいと思います✨

最後まで読んで頂き、ありがとうございました🌸

*あんこちゃんとクリームくん作品集
https://note.com/anemone_94/m/m8318bcd35cb5


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?