【短編小説】言えない想いは、そっと溶かして
「ほら、もう泣くなって咲耶」
「それ、俺が食うから」
涙で濡れた目を見開いて固まる咲耶の手から、小さな箱をそっと引き取る。
「せっかく頑張って作ったんだ、食わなきゃもったいないだろ」
なんてったってこの俺が教えたんだからな、絶対美味いに決まってる。
そう付け足すと、
「……っ、喬くん〜〜」
咲耶は大きな目から涙をぽろぽろと溢して俺に抱きついた。
***
「喬くん、お願い!フォンダンショコラの作り方教えて…!」
実家がケーキ屋を営んでいる俺に咲耶が頭を下げてきたのは、1月下旬のことだった。
バレンタインに手作りのお菓子を渡したいけど、一人で作れる自信がないと。
「ほんっとに世話が焼ける奴だな、お前は」
胸の痛みをそっと隠し、呆れた風を装って承諾する。
ずっと見ていた。
俺には見せない表情で、あいつを見ている咲耶のこと。
「いいの!?ありがとう〜!」
作り方を真剣に覚えようとするのも、当日に向けて必死で練習するのも、全部全部あいつのため。
何度も試作を重ねて、初めて綺麗に美味しく作れた時に見せた弾けるような笑顔が、脳裏に今もくっきりと残っている。
———そんな咲耶が、一生懸命作ったフォンダンショコラ。
想う人の手に渡ることなく、俺の手に収まった小さな箱。
なんでうまくいかないんだろうな、
お前も、俺も。
俺に抱きついて泣く咲耶の温もりと匂いに、思わず泣きそうになった。
***
去年の今頃、xuさんとゆっずうっずさんの企画(企画は終了しています)に参加させていただいたことをふと思い出し、その瞬間に降ってきたお話を形にしてみました。
相も変わらず、わたしが書く小説の主人公さんは報われない恋をしていますが……(苦笑)
久々の小説ですが、最後までお読みいただき、ありがとうございました🙇🏻♂️