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29.白菊の花(百人百色)
(鑑賞)
こころ
心
あてに
こころをあてるように
折らばや
折るのなら
折らむ
折ってみようか
初霜の
冷たい空気 初めて降りた白い霜の
置き
置き
まどはせる
白さに そんなこころも まどわせる
白
白い
菊の
白菊の
花
花…
こころあてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花
凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)
(意訳:よねちゃん)
(ここから妄想詩:ソネット風に)
宮中で流行りの白菊の花。
今朝は少しだけ冷たい空気。風はない。
まだ朝の陽はさすかささないか。
初霜の降りた庭に咲く白菊の花。
白い、冷たい静寂に。
美しさに耐えきれずに。
手折ってみようか。
このこころをあてるように。
白さをこの手で。
推し量る。
こころあてに
折らばや折らむ
初霜の置きまどはせる
白菊の花
(ここから物語)(2500文字くらい)
白菊の花
十数年勤めた会社を今日、辞めた。
私の名は河内恒則(かわちつねのり)。37歳。東京。
トボトボ歩く帰り道。東京にもやっと秋が来たらしい。夜の街に灯がともる。
これからは花を育てて過ごそうか。子供の頃に尊敬していたおばちゃんのような。
そう。あれはまだ私が子どもの頃。田舎のおばちゃんは、小さな庭をきれいに咲かせていた。
けっして裕福ではなかった、いや、寧ろ貧しかったけれど、おばちゃんは何故かとっても博識だった。
冬休みに、
「学校で百人一首大会をやるんだ」
と言えば、それぞれの歌の味わい方を一生懸命に教えてくれた。どれが好きかな、と聞かれて、私はなんとなく、こころあてに、が好きかな。と答えた。
こころあてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花
凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)
「これはね。……そう!今度秋頃にこっちに遊びにいらっしゃい。教えてあげるわ!」
何故かこの歌のことだけは、秋に教えてあげるわ、と言っていたけど。なんでだろう。
おばちゃんとの話は止まらなくて、でもすっごく面白くて、壁の時計が夜の10時半をさしてもまだ続いていたので、お姉さんである私の母から、もう恒則は寝る時間ですよ、と叱られた。私はおばちゃんとまた話そうねと約束をした。素直に眠りにつくふりをして、布団の中から今度はおばちゃんと、母や父との会話に耳を澄ませていた。
おばちゃんは博識で何でも知っていた。ある時は地球がどうして丸くて、どうやって地球の大きさを測るかについて。ある時は、河内家のルーツについて。またある時は、最新アイドル情報も。色々教えてくれた。まあ、私は興味がなかったものも多かったけれども。おばちゃんは、いつも目を輝かせて話す。まるで私よりも子供のように熱中しだすと話が止まらなくなる。
ある日おばちゃんは、庭いじりについて教えてくれた。この花の名は、キンギョソウ。こっちはヤマブキ。これはチューリップの球根。サボテン。……。一つ一つの花の名前とその特性や育て方のポイントを、それはそれは楽しそうに話してくれた。私も気に入って、色々質問した。
田舎から東京に帰るのがいつもなんとなく、もう少しおばちゃんとおしゃべりしたいと思っていた。私はおばちゃんの車から降りる時に、よく駄々をこねた。
「もっといる!」
そんな時によく、おばちゃんはにっこりと言った。
「今度は秋に来れれば良いね。恒則くんが好きな白菊の花教えてあげますからね」
「うん!おばちゃん、約束だよ!」
手を振って、新幹線の駅へ行った。
小中高大と、おばちゃんのおかげで、勉強が大好きだった。
大学の専攻は生物学。おそらくはおばちゃんの影響だと思う。mRNA、メッセンジャーアールエヌエーを……。まあ、その話は置いておいて。
私が大学院に進学した頃から、おばちゃんの田舎にはあまり行けなくなった。おばちゃん、もっと小さな家に引っ越したみたいだったからだ。そこは、まあ、大人の事情である。
それから、私は就職した。小さな会社の事務をするようになった。大学院の知識が活かせないと両親から大反対を受けた。
おばちゃんに電話したら、
「恒則くんの好きにやっていくと良いよ。今はインターネットもあるから、勉強は誰でも何処でもいつでもできるからね」
と応援してくれた。私はスマホをぎゅっと握りしめて、
「ありがとう。おばちゃん」
と涙を拭いた。
それから、私は一生懸命、私なりに働いた。勉強も、広くみてまわるようにした。テレビも、本も、ブログもSNSも、動画も、習い事も、家事も。文系理系芸術系体育会系、そんな壁は私には必要なかった。おばちゃんのように、自由に知識の世界で遊びながら過ごした。
ある日、おばちゃんが亡くなった。急死だった。
知らせを受け有休で、田舎に行った。
おばちゃんの家は、平屋の小さな田舎の片隅だった。小さな庭というか花壇はあった。春の花たちが美しく咲いていた。
大家さんにお土産を渡し、甥の恒則ですと挨拶をした。
「そうか。あなたが甥っ子さん。恒則くんですね」
大家さんはとても親切に日々のことを教えてくれた。おばちゃんは、やはり毎日庭いじりをしていたという。独身で子供のいなかったおばちゃんは、ふとした時に、甥っ子の恒則くんはね、と大家さんに話をしていたそうだ。
大家さんは、私に見せたい物があるから秋頃にまたおいでなさい、と言った。どこかで聞いたような言葉だったが、思い出せなかった。
火葬をした。家族葬もしてあげられなかった。おばちゃん、ごめんなさい。私は涙が止まらなかった。
それからゆっくりする間もなく、東京に帰った。
ある時。私は十数年勤めた会社を辞めた。
トボトボ歩く帰り道。東京にもやっと秋が来たらしい。夜の街に灯がともる。
これからは花を育てて過ごそうか。子供の頃に尊敬していたおばちゃんのような。
ふと、駅へ向かった。そのままおばちゃんのいた田舎へ行った。
真夜中。おばちゃんの家は今は空き家になっているようだった。草はぼうぼうとしていた。
寒い。
おばちゃんの田舎は東京より寒い。おばちゃんの思い出はどこだろう。おばちゃんの……。
「ちょっとあなた?もしかして、恒則くん?」
びっくりして振り向くと、大家さんがいた。
「はい……」
大家さんは、理由も聞かずに家に泊めてくれた。
私は眠れなかった。そっと起き上がり、廊下から庭を眺めた。
薄暗くてぼんやりとしている。空が白んできた。庭にはうっすらと、霜がおりていた。よくみると白菊が咲いていて、白と白が美しく混在していた。
何故だろうか。急に涙がこぼれていた。
大家さんが起きて来て、小さな手紙を渡した。
「この間出てきたんですよ。河内さんの」
それは、おばちゃんと子どもの頃の私が、庭で花を植えている写真だった。
手紙は真っ白だった。いや、隅に薄く何か書かれている。
こころあてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花
恒則くんへ おばちゃんより
窓に、朝の光がさしかかる所だった。
それは白くて、あたたかくて、まるでおばちゃんがそばにいてくれているかのようだった。
ありがとう。おばちゃん。ありがとう。
(おわり)
29.こころあてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花(古今集 秋 277)凡河内躬恒
(語句)
こころあてに……当てずっぽうに、あて推量に
折らばや折らむ……折るのならば折ってみようか
置きまどはせる……霜がおりて見分けがつかない
(意訳)
折るのだったら折ってみようか。初霜が降りて、あたり一面真っ白になってしまったので、霜か花か見分けがつかなくなっている白菊の花を。
(凡河内躬恒(おおしこうちのみつね))
平安時代前期の歌人、役人。
身分の低い役人でしたが、歌人としては紀貫之と並ぶほどの名声がありました。
古今和歌集の撰者の一人。
古今和歌集とは、平安時代に撰ばれた、最初の勅撰和歌集。
三十六歌仙(かせん)の一人。
三十六歌仙とは、藤原公任(ふじわらのきんとう)が選んだといわれる、三十六人の和歌の名人。
(菊)
菊は奈良時代に中国から伝わったと言われます。
万葉集などには菊の歌は見当たらないようです。
この作品は、日本人の菊の初期の作品となるようです。
(霜)
0℃以下になった空気中の水蒸気が、地面や植物などの表面に付くと、氷の結晶となり、霜といいます。
初霜について。
晩秋、初冬に、土や植物の表面に初めておりる霜。
初霜の降りやすい条件。
晴れた日(放射冷却)
最低気温3℃くらい(地表面温度0℃前後)
風が弱い
早朝にみつける
(参考文献)
・ドラえもんのまんが百人一首
どうぞよろしくお願い致します。
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