見出し画像

誰にもわからない話

結婚式の二次会へ向かう妻を乗せた路面電車を見送って、夜9時の駅のホームに独り突っ立っていると、ふと昔のことを思い出した。
そうだな、今日は涼しいし、少し歩きながら書くネタでも考えよう。そう思い、家へ向かう住宅街の道をわざとじぐざぐにゆっくりに歩き出す。

幌南小学校前駅。区と区を隔てる大きな川にかかる橋の手前に、その駅はある。
5年前のクリスマスイブ。今と反対側の電車通り沿いに住んでいた私は、大雪の降るなか終電に飛び乗り、30分ほど離れたこの駅で降りた。鉄道作業員が何人も電車を通すための雪かきをしていたっけ。

おそらく歩道であろう道を脛まで積もった雪を掻き分け、私が一番に足跡を踏んで歩く、が無論そのあとに続く者はいない。
なんだってクリスマスイブに、それももう終わろうってときに俺は。しかし確かに浮かれた足取りで、あの橋を渡っていた。


当時私には付き合えそうなコがいた。
札幌に来てすぐに入ったコールセンターで出会ったコで、決して地味な見た目じゃないのに、休憩室にいつも1人でいる姿がいいと思った。
バリバリ体育会系といった感じの職場で、営業の発信業務だったこともあり成績がいい奴は優遇され、毎日ホワイトボードにランキングが張り出されたりもしていた。
そのコはいつも成績一位だった。飲み会で話すまで声も聞いたことなかったけど、女の子で営業一位は目立っていたしカッコよかったから、どんな風に話すんだろうなとすごく興味を惹かれたものだ。ちなみに、これは自慢だが、私が入ってからは私が一位になった。

あの日。
あの5年前のクソ寒い日。
私はそのコがインフルエンザに罹ったと聞いて、看病のために向かっていた。伝染るから来なくていいと何度も止められたが、心配というより、ただ自分が会いたいからというエゴに鼻を引っ張られ、誰もいないイブの雪をせっせと漕いでいた。

とこれだけ聞くといい話風?だが、当時私には3年付き合っている彼女がいたんだな〜コレが。正確に言うとその数日前までいた。

これは本当に自慢じゃないが、私は中学1年生の頃から今日に至るまで、彼女というものが途切れたことがない。途切れてもせいぜい1、2ヶ月で次の女と付き合っている。
全然モテるわけじゃない。告白なんて殆どされたことない。付き合いだすと長い分、人数も別に多くない。全部こっちから振って告って、次の好きな人ができたら次に乗り換えているだけ。浮気はしたことがない、ということにしておくが、別れるときはいちお、その手の順番的なものは守ってきたつもりである。

そんなわけで(どんなわけだよバカヤロークソヤローキンタマ切って実家の庭先に吊るすぞコラーしねーという女性達の声に似た幻聴が聞こえる)この日も乗り換えの真っ只中だった。
クリスマスの少し前、ほんの2、3日前に大学時代の彼女に別れを告げ、夢中になっていたあのコんところへ向かっていた。
好きな人ができたと告げられた彼女は、一言「わかった」とだけ言って関係は終わった。本当に、ひどいことをしたなと思っている。ってそんなこと、今更言うのもおこがましいが。

静かなこの駅に立っていたら、ふとそんな日の色々を思い出したわけだ。結局次の日こっちも熱が出て、インフル伝染されたなって病院行ったら「ただの二日酔いです」って、そんな情けないオチつきで。


それにしても路面電車は良い。
遠くへ離れてゆくガタガタという鉄の音が、夜の静けさを余計引き立たせる。頑なに電車通り沿いに住みたいと言った私の我儘で今の家が決まったが、やっぱりここに住んでよかった。
でも、もう引っ越しちゃうんだよなあ、あと数日で。ま、それも私の我儘なのだが。

それから?それから男と女は2年ぐらい付き合って、同棲して、結婚もしようって話になり、貯金をしたり。多分男が一番ちゃんと働いていたのはその頃だったと思う。

それである日、なんとなく女が浮気しているんじゃないかって疑念が魔物となって男に取り憑き、寝ている女の携帯を見た。
それで、やっぱりそれっぽい会話を見つけて男は女を問いただしたが、女ははぐらかして、それより携帯を見られたことにキレて家を出て行ってしまった。
男は、携帯を見るという行為がそんなにダメだったのだろうかと思った。俺は携帯を見られてもなんら困ることはないというのに、とそういう風にも思ったそうな。いや、多分ダメなんだろうなジョウシキテキに(笑)

それから約3ヶ月の間、2人は付き合ってはいるけど別れてもいないような、生きてもないし死んでもないような、「煉獄」のような関係が続いた。今思い返しても、うーんあんときはキツかった。

彼女は基本的に家に居なかった。どこに泊まっていたのかは知らないし、聞いても教えてくれなかった。私が居ない間に服や下着を取りに帰ってきているようだったが、出くわすことも殆どなかった。
たまにあっても話すことはなく、てゆーか彼女は家にいる間中ワイヤレスイヤホンをしていたから話せなかった。
「人のスマホを覗き見るような変態野郎とはもう話せません」って攻撃的態度ビンビンで、私がどれだけ彼女の足元にすがりついて出て行かないでくれと懇願しても、涼しい顔でJUDY AND MARYの「そばかす」を口ずさむなんて一コマもあったり。

「想い出はいつもキレイだけど
それだけじゃおなかがすくわ」

たまに帰ってきたと思っても、家にいる間中彼女は寝室に閉じ篭り、誰かと楽しそうに通話しながらモンスターハンターライズをやっていた。
キャハハ。もう私には聞かせてくれなくなった笑い声。石みたいにカッテえソファーの上でそいつを聞きながら眠りに就き、朝起きたらまだやってる、なんてこともあった。狩りってそんなに楽しいのなと思って、彼女の居ない日にこっそりやってみたら全く楽しくなかった。
ああ、なんか薄々気付いてたけどさ。俺らってもともと、感性はずっと遠く離れたところにあったよね。
わりい俺、モンスターハンターライズつまんねえわ。

彼女のデータを全部消してやろうかと思ったけどそれはやめておき、代わりに彼女の荷物を漁ったら楽しいかと思って、置いていったカバンの中身をひっくり返してみた。
見たことない、アイコス的な電子タバコが出てきた。私の知る限り、彼女はタバコを吸わなかった。タバコを吸う人は嫌い、とも言っていたんだがな。チャンチャン。
私はそれ以来、狩りも漁りもやめた。


因果応報、という言葉が脳裏をかすめる。
しかしこの因果はどこからきたものだろうか?
携帯見たとき?違う、きっともっと前。好きな人ができたからと言って、次々乗り換えてきたその因果達が、ここぞというタイミングで応報してきたようにしか思えなかった。

とにかくそんな日が続いたわけだ。
毎日家に帰るのがイヤで、友達と長電話したり、残業したり、好きでもない女の家に犬を見に行ったりして、やり過ごす毎日だった。

なぜさっさと別れなかったかって?
女はずっと早くからそうしたかっただろう。けど男は違った。男はまだ何か、もう一度やり直せる方向へ賭け続けていたのだ。それで無理やり引き留めていた。今思えば本当馬鹿らしいが、全く無駄な時間だったとは思わない。今こうして書けてるんだからね。


しかしそれも終わる。
好きでもない女の犬を見るのも飽きた頃。夏は終わり、蝉達は死に、我々の同棲生活もまた静かな死を迎えた。私が出ていくその日も、彼女は朝までモンスターハンターライズをしていた。きっと今頃立派なハンターになっているだろう。

あの頃長電話に付き合ってくれた友達各位、大学の先輩各位、はるばる青森からフェリーに乗って、ハイエースで引越しの手伝いに来てくれた友達などには、今も心から感謝している。
そして、その青森の友達のお陰で今の妻にも出会えたのだから。

妻は、僕の友達の大学の先輩で、その繋がりから知り合った。元々お互い名前くらいは知っていて、会う前から私の描いた絵だとかに「いいね」を押してくれたりしていた関係ではあった。
付き合う前からファンだったと言ってくれる妻は、今でも私のつくった稚拙な作品群に常に一番多くの賛辞をくれる人である。

そんな彼女に、私は会ったその日に恋をして、1週間も経たないうちにアパートの階段で強引にキスをし、強引に付き合う方向へと話を進めた。
3つ年上で仕事のできる彼女はそれだけで充分魅力的だったが、音楽や漫画の話から感性が似通っていて、そういうところも心地よかった。


私は結局、ひとりで生きていけない人間だった。
いつか友達に、お前は女性依存症だと言われたが、ほんとそうかもしれない。それから色々あって、つい数ヶ月前に私達は結婚した。

結婚。
自分結婚してるのか。まだ実感がない。
妻のことを、自分の妻だという感覚が、本当はまだ無い。
ただ2文字で呼びやすいだけ。今までの関係の延長。
でも自分は、明らかに、この人が居ないと生きていけない。経済的にも心理的にも、妻に依存してばかりである。寄生と言っていいかもしれない。

あの頃何が生き甲斐だったのだろう。妻と付き合う前、あのコと同棲していた頃。
いわゆる真っ当な感じの、普通っぽい幸せを目指していたのだろうか。結婚もそうだったかもしれない。その為に貯金していたし、貯金の為にせっせと働いていた。
でもなんの為に?結婚する為に貯金して、その為に働いて、それで結婚したとして、本当に私達は幸せになれたのだろうか。彼女と結婚していたら、私はモンスターハンターライズを好きになっていたのだろうか。

冷たい言い方のようだが、妻と私にとって結婚は手段だったと思う。相手を法的に縛り付けておく為の、この先を約束する為の手段。そして今の私たちがなんら変わらないでいることを、お互いに許可する為の契り。そんな感じだと思う。

妻は私と結婚するとき、今のまま何も変わらなくていいよと言ってくれた。

仕事もこんな派遣のコールセンターで、しかも週4。当然妻より稼ぎは少ない。それでもこのよくわからない、全く生産性のないこの文章もどきとか、あのミニコミもどきみたいなものを続けていく為に、必要となる時間。それを心から理解してくれて、多分私自身よりその時間の確保について尊重してくれ、その為に最良の生き方を模索し続けていいと言ってくれた。
あろうことか、嫌になったらなんでもやめていいよとまで言ってくれた!…と、うーんこれは拡大解釈、もとい妄想かもしれないが、兎に角。

私は、きっとあと1000年早く生まれても、1000年遅く生まれても、こんなことを言ってくれる女性には巡り会えないだろう。



なんだって急にこんなこと書き出したのかわからない。だからどうしたって話ばかりだけど、いつか書かないといけないと思っていた話でもある。
しかしこれに限らず、自分で書いたものなどどれもくだらない。意味のないものにしか見えない。読む度色褪せて、何が面白かったのか、書き出し何を面白いと思っていたのかわからなくなる。心の真ん中みたいなものがどこにもない。
真ん中。自分も、人も、心を打つのは混じり気のない真ん中だけ。それが必要だ。


では真ん中とは?

まだ誰の目にもふれていない、妻が自分の為だけに書き溜めているブログから特別に許可を得て、私達が結婚した日の記事をここに載せよう。

私は幸せだ。きっと私の知らない真ん中を、彼女は知っているんだろうと思う。

いいなと思ったら応援しよう!