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[Vol.4_コラム]サステナビリティトランジションのデザインを形づくった研究者たち

こんにちは、東京科学大学 大橋研究室 トランジションデザイン研究会です。
前回の記事ではサステナビリティトランジションのためのデザインに関する変遷をご紹介しました。

そこで今回はこの分野を形成した研究者たちについて、それぞれの背景や研究のスタンスを掘り下げていきます。

本記事では前回の記事に引き続き、2019年に発表されたイディル・ガズィウルソイ (İdil Gaziulusoy)、エルドアン・エズテキン・エリフ (Erdoğan Öztekin Elif) 「Design for Sustainability Transitions: Origins, Attitudes and Future Directions」を参照し、論文内で言及されている研究者についてご紹介します。


様々な研究者の背景

サステナビリティトランジションのデザイン研究者の背景を表にまとめてみると、欧米諸国出身の研究者が多いことが分かります。また、研究者が大学で専攻していた分野も工学から建築、デザインなど多様です。

サスティビリティトランジションに関わる研究者たちの背景

様々な研究者の方法論

ここでは、上に挙げた研究者たちがデザインの文脈において、どのようにサステナビリティトランジションのさまざまな方法論に注目してきたのかを詳しく探っていきます。

  • Han Brezet

  • Idil Gaziulusoy

  • Peter Joore

  • Fabrizio Ceschin

  • Gideon Kossoff

  • Terry Irwin

Han Brezet 

ハン・ブレゼット (Han Brezet) はオランダ出身の研究者で、学部時代には電気工学を専攻していました。彼は、持続可能な未来のためのデザイン(Design for Sustainability, DfS)という分野で、初めて「システムイノベーション」に注目した人物とされています。
彼の研究の中で特に重要なのは、オランダ政府が進めた「持続可能な技術開発のための国家プログラム(STD)」に関わったことです。このプロジェクトでは、未来を描いてそこから逆算する「バックキャスティング」や、複数の可能性を探る「シナリオプランニング」といった手法が使われました。
ブレゼットのアプローチは持続可能な技術や社会を実現するために、従来のデザインの範囲をを超えた全体的なシステムの変革が必要だと考えるものでした。

💡バックキャストとは?
バックキャストは1970年代に開発された、未来から現在の課題を考えるアプローチ。ありたい姿、あるべき姿を描いたうえで、そこから逆算して今、何をすべきかを考える思考方法。

バックキャストとは

ブレゼットが言及したサステナビリティのためのデザイン研究は持続可能な未来に向けてシステムレベルの変革が必要であるという共通理解のもと、変革を方法論として捉える研究がその後盛んになりました。ここで代表的なのがMulti Level Perspective(MLP) やSustainability Transition(ST)と呼ばれる方法論で、これらをのフレームを下敷きとしながら新たなデザイン方法論が開発されていきました。MLPやSTに関しては今後コラム記事で解説します。気になる方はぜひこちらも合わせてご覧ください。

Idil Gaziulusoy

イディル・ガズィウルソイ (İdil Gaziulusoy) はトルコ出身の研究者で、建築学を専攻していました。彼女の研究では持続可能性科学や「複雑適応系システム」(システムが環境に適応する仕組み)を基盤として、技術や社会がどのように相互作用しながら進化するかを探っています。イディルは、持続可能性を考える際には、現在と理想の未来との「ギャップ」を見つめることが重要だと主張しています。
彼女は博士課程で、オーストラリアの「Visions and Pathways 2040」というプロジェクトに携わり、都市の持続可能性や脱炭素に向けたシナリオ開発の研究を行いました。イディルが考案した "Double Flow Method" は、従来の「バックキャスティング」(理想の未来から現在を考える方法)に加え、「フォアキャスティング」(現在から未来を予測する方法)を組み合わせたアプローチ、つまり、未来から逆算するだけでなく、現在からのリアルな動きも踏まえることで、より現実的に理想の未来を実現する方法を探る手法です。
この方法により、持続可能性の目標に向けて現実的な計画を立てるだけでなく、その過程で社会と技術の相互作用を深く理解することを目指しています。  

バックキャスティングとフォアキャスティングの組み合わせ

            

Peter Joore

ペーテル・ヨーア (Peter Joore) はオランダ出身で、工業デザイン工学を専攻の研究者です。彼は新しい製品や技術(ニッチ)が社会にどのように影響を与えるのか、特に技術と社会の仕組み(社会技術レジーム)やその背景(ランドスケープ)との関係を研究しています。この研究は、持続可能な未来への移行(サステナビリティトランジション)を進めるための「戦略的ニッチマネジメント」という考え方に基づいています。
ペーテルが提案する "V-cycle" という手法は、技術や製品の革新がどのように社会に広がり、持続可能な社会への変化を導くかを整理したプロセスです。この手法では、革新がまず小さなスケールで実験的に導入され(ニッチ)、その後徐々に社会全体に受け入れられていく流れを重視しています。
V-cycleの特徴は技術が社会にどのような影響を与えるかだけでなく、社会のニーズや変化が技術の方向性にどう影響するかという、双方向のフィードバックループ を考慮している点です。このように技術と社会が相互に影響し合いながら進化していくプロセスを描いています。
ペーテルのアプローチは、新しい技術やアイデアが持続可能な形で社会に浸透する仕組みを効率的に進めることで、長期的なサステナビリティを実現する道筋を示しています。

Fabrizio Ceschin

ファブリツィオ・ケスキン (Fabrizio Ceschin) はイタリア出身の研究者で、工業デザインを専攻していました。彼の研究は環境に優しい「エコデザイン」が必ずしも持続可能性を保証するわけではない、という問題提起から始まります。たとえばエコデザインされた製品でも、消費者がそれを大量に買ったり使いすぎたりすれば、結局は環境に負担をかけてしまうと指摘しています。
ケスキンは単に製品のデザインだけでなく、その製品が作られてから消費者に届くまでのサプライチェーン全体、サスティナブル・プロダクト・サービス・システム  (Sustainable Product Service System:SPSS) が重要だと考え、こうした包括的な視点に加えて現在の社会全体の技術や制度の仕組み(社会技術レジーム)そのものやシステム全体を変える重要性についても主張しています。
彼は「トランジションへの経路 (パスウェイ)」や「ニッチマネジメント」といった研究アプローチを取り入れながら、持続可能な未来を目指す新しい方法を提案しました。この方法論は、エコデザインの限界を超え、社会全体の仕組みをより持続可能なものへと変える道筋を示しています。

Gideon Kossoff

ギデオン・コソフ (Gideon Kossof) は、持続可能な未来を実現するための方法を研究している研究者です。彼は地球環境にやさしい行動を特別なこととせず、日常生活に自然と組み込めるような仕組み作りが大切だと考えています。そのため、無理なく続けられる持続可能な生活スタイルを、個人や地域コミュニティがどう取り入れられるかを探っています。
例えば、コソフは「物をたくさん買って消費する生活」から離れ、自然や人とのつながりを大切にした新しい生活のあり方を提案しています。また、アメリカのカーネギーメロン大学で「トランジションデザイン」のプログラムを立ち上げ、持続可能な社会づくりを進めるアイデアを広める活動にも力を入れています。
コソフの考えでは、ただエコを意識するだけでは足りません。みんなが自然に「環境にやさしい行動」を日常の一部として取り入れられるようにすることが重要だといいます。こうした変化が広がれば、社会全体が持続可能性を当たり前の価値観として共有し、大きな文化の変化を生み出すことができる、と彼は主張しています。

Terry Irwin

テリー・アーウィン (Terry Irwin) はアメリカ出身のデザイン研究者で、持続可能な未来を目指すための新たなデザインの概念を提案しています。彼女は、デザインが単にモノやシステムを作るだけでなく、人々の行動や価値観も合わせて変えることが持続可能な社会の実現において重要であると主張しています。
アーウィンはデザイン領域の拡張に伴い、新たなデザイン学およびデザイン教育のカリキュラムとしてトランジションデザイン(Transition Design)を提唱し、2015年にカーネギーメロン大学 デザイン学部にトランジションデザインの専門コースをギデオン・コソフ(Gideon Kossoff) 、キャメロン・トンキンワイズ (Cameron Tonkinwise) らとともに立ち上げました。トランジションデザインは、複雑な社会や自然のシステムがどのように変化するのかを深く理解しながら、理想の未来像(ビジョン)を描き、それを実現するための変革を支える理論をステイクホルダー(関係者)と一緒に考えるアプローチです。このプロセスでは「トランジション」に必要な考え方や姿勢を大切にし、常に振り返りをしながら移行を達成させるための新しいデザインの方法を探求します。     

アーウィンのトランジションデザイン

最後に

今回と前回の記事を通して、サステナビリティトランジションのためのデザインの変遷や、様々な研究者の背景・アプローチについてご紹介しました。この分野は、現代の複雑で厄介な問題(Wicked Problem)にアプローチするための方法論であり、多様な背景を持つ研究者たちが日々、新しい挑戦に取り組んでいます。私たち大橋研究室でも理論と実践を行き来しながら、トランジションを推進していくための研究を深めています。
皆さんの関心にお応えできる内容を今後もお届けしますので、どうぞお楽しみに!

著者

著者:井上 敬斗

編集:木許宏美

図解・イラスト:柳瀬梨紗子 

東京科学大学 環境・社会理工学院 大橋研究室
ohashi-research-group.com


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