フェミ活動家とそのお仲間達が未だに「バッキー事件」を問題視する理由 その2
私に対する反論を精査すると何かが見えてくる
さて、前回に引き続きバッキー事件に関するお話。
前回の記事ではバッキー事件発生前後にAV業界内にいた、というかバッキー事件に間接的に関わる事になってしまった私の視点から見えていた事を中心にお伝えした。
今回は前回の〆でも述べた通り、この私のツイートに集まって来た直リプや引用RTでの反論のあまりの酷さについて解説する。
で、一点だけご注意。
ここに反論ツイートを直接貼り付けてしまうと、いわゆる晒し上げになり、SNSリンチを引き起こしかねないので、その方法論は採らない。
どういう内容の反論があるのか現物を見たい方は、お手数だが上のツイートのリプ欄や引用RT欄を読んでみて欲しい。
私の目的は個人攻撃による憂さ晴らし等ではないのでご了承願いたい。
という訳で、特に目に付いた反論を抜き出していこう。
と言っても、反論の殆どは「アタチはこう感じた」というだけの根拠もクソもない感情論であった事は付け加えておく。
バッキー事件の犯人達への処罰が軽い・刑期を終えて出て来る事が許せない
例えば最高責任者であるバッキー栗山は懲役18年という殺人罪並に重い刑を受けているのだが、それのどこが "軽い" のだろうか。
もうすぐ出所するからなのか、過去に遡って「18年は甘い」と言うなんて、法治国家にあるまじき話である。知性も理性もあったもんじゃない。
じゃあお前らは万引きも信号無視もみんな死刑になるような、量刑相場もへったくれもないような国をお望みなのか?
【#バッキー事件を許さない】なんてタグを付けたツイートを読んで回ると、「極刑にせよ!」だなんてシュプレヒコールが巻き起こっているけれども、もう20年近く前の話を掘り起こしてピーチク喚き散らすというのは、相当バカげた事だと思うのだが。
まさに絵に描いたような "感情論" ないしは "お気持ち事案" である。
早い話が、バッキー事件をお前らが今知ったってだけだろ。だから今がバッキー事件の旬なんだろ。単に後乗りで吹き上がってるだけの大馬鹿野郎じゃないか。
そんな輩どもが当時を知る人間に偉そうに物申すとは片腹痛い。
ちなみにこれは犯罪者の更正であるとか、刑期を終えて罪を償った立場の人間に対する深刻な人権侵害であり、憲法に反する愚行だとも言っておく。
どうもこの国には 「魔女狩りの時代に後戻りしたがるオツムの残念な人間が大勢いる」 らしい。
「テロや痴漢を許さない」というポスターにも文句を言うのか?
これはしばき隊やフェミ活動家のような、詭弁が標準装備なサヨク一派が好んで使うインチキである。
テロや痴漢に対する「許さない」と、バッキー事件のような現実に起きて処罰まで決まって解決済みの事案に対する「許さない」とでは、意味合いが全く違う。
言葉遊びとしては面白い対比になるのかもしれないが、それを真顔で、他人様(私)に対する中傷まじりでぶっ放して来るというなら見過ごせない。
テロや痴漢というのは、今後もどこかの誰かが企てるかもしれない。だからこそ「世間はそんな行為を許さないぞ」という決意表明や威嚇に意味が生じる。
ところが、バッキー事件というのは何度も言うが20年近く前に起きた事件であり、刑罰から何から確定しており、最も重い罰を受けた栗山ですら出所間近という昔の話である。
もっと基本中の基本の部分を説明するならば、テロや痴漢は行為や状態を表す言葉、いわゆる一般動詞だ。それと比べてバッキー事件というのは「それ以外に存在しない固有の名詞」である。
それらの下に同じ「許さない」という文字列が加わったとすると、それが意味する物も全く違ってしまう。「バッキー事件を許さない」と言ってしまうと、司法の判断に納得がいかない、ようは「刑期を終えた人間を再びとっ捕まえて死刑にしろ」というとんでもない暴論になってしまうのだ。
残念ながら法治国家ではそれは許されない。
そうとしか言いようがない。
という訳で、テロや痴漢を許さないという啓発ポスターを持ち出すのは、子供の言葉遊びのレベルである。
バッキー作品が未だに売られている!
これについては過去に伊藤和子と揉めた時に全く同じ事を言ったので、それをもう一度繰り返してやる。
※懐かしいねえ、このやり取りも8年前ですって奥さん。ちなみに伊藤和子はこのまとめにクレームを入れて、自分の発言だけ削除して逃げました。
さて、では話に戻る。
もしも今でも事件性のあるバッキー作品がどこかで売られているというならば、なぜSNSでツベコベ言う前に警察に通報しないのか。
「売られてるぞ!売られてるぞ!」とだけ繰り返すのでは、販売サイトや出品者が逃げるだろうがバカタレが。
伊藤和子が「秋葉原には児童ポルノがある」と言い張った時に本人に「じゃあその場で警察に通報しろよ。なんでそれをしないで見逃すんだよ」と言ったら音沙汰がなくなったのだが、それと全く同じ話である。
もしも事件性のあるバッキー作品が今でも売られているというならば、それを見つけた人間が警察に通報しろ。もし通報したけれども何も状況が変わらないというならば、きっとそれには理由があるんだろう。
考えられるのは、事件性のないバッキー作品の権利をどこぞに売って、新しい権利者が販売サイトに載せているというケースだ。
警察は例の事件の捜査でバッキー作品の多くに目を通し、内容を確認し、可能な限り出演者にも状況を聞いているはずなので、問題のある作品ならば通報すればすぐに「被害者が特定できる」状態にある。
であるならば、通報の結果「これは問題がある」と看做せば、必ず販売を中止させるといった動きを見せる。警察はAV業界を今でも締め上げたくて仕方ないのだから、見逃す訳がない。
その警察が通報を受けても動かないならば、そのバッキー作品には事件性がないのだろう。そう考えるのが最も理性的だと思う。
私のこの話に納得がいかないのであれば、ツベコベ言ってないで通報しろよ。バッキー作品が売られてる場所を知ってるんだろ?
じゃあ見逃さずにとっとと通報しろ。なんでその程度が出来ないんだよ。犯罪行為の片棒を担ぐ気か?
ちなみに言っておくが、バッキー事件は当時のAV業界としてもタブー中のタブーで、だからこそ「AV業界の自浄作用によって告発された」のである。
また、その後のAV業界はルールが厳しくなる一方で、遂にはAV新法が成立し、今ではバッキー事件のような事がしたくても絶対に出来ないようになっている。
で、こんな状況で誰が何を「許さない」のだろうか(笑)
忘れてはいけない理由が "室井佑月叩き"
という訳で、オードブルはここまで。最後にメインディッシュの「これが答えだろ」というお話をさせていただく。
室井佑月という女性作家がいるのだが、彼女はフェミ活動家達から毛嫌いされており、何か言う度に嫌がらせを受けたり、SNSリンチを喰らったりと、それはそれは酷い扱いを受け続けている。
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