連載18 第三集 あとがき編『キューちゃんのおかお わんわんみたい』あきとまさきのおはなしのアルバム '89
あとがき ひろさわ りえこ
こどもたちの みて いる ものなら、わたしも みえて いる きが して、かれらが そばに いると、わたしは みえないと いう ことを すっかり わすれて いる。こどもたちの はずんだ こえを きけば、わたしも きもちが はずんで、こえの ひびきや、かぜの おとまで みみの そこから はなれない。1にちの おわりに、てんじばんで ポツポツと メモを とりながら、おおきく なって てれくさそうに これを よむ こどもたちの かおを おもいうかべると、なんとも たのしい。
おとなに なって いく かていで、だれもが けいけんするように、ふたりも いつかは じぶんの いのちの かちを たしかめたくて、くるしむ ときが くるのかも しれない。そんな ときも、こうして キュリーや おじいちゃん おばあちゃん、みんなに まもられて そだった ひびの おもいでが、かれらを あたためて くれたらと ねがわずに おれない。
ただ、なかには、わたしの しょうがい ゆえとも いえる しんどい できごとも ある。こんな おもいでは、こどもたちに のこさない ほうが いいんじゃ ないかと まよいながら、やはり ぬきとらずに おいた。たぶん こどもたちは、わたしたちの げんかいを こえて、ちがった じんせいを あゆんで くれると おもう。しかし、もんだいに ぶつかった とき、わたしたちが どう かんがえ、どう のりこえたかと いう ことを どうどうと つたえられるなら、かえって おたがいに とって、だいじな ことでは ないかと、こどもたちの せいちょうと ともに、かんがえるように なった。
それでも、「こどもたちの ために」と いうことならば、なにも ほんにする ひつようは ないのかも しれない。でも、やはり ほんに して、よんで くださる かたが あるなら、その かたに つたえたいと いう おもいが わたしには ある。わたしは、わたしと わたしたち かぞくの いまを きりひらいて いく ために、わかりあえる ひと、みかたに なって くれる ひとが ほしい。どこへ いっても つうかんするのは、しょうがいしゃと けんじょうしゃが、いかに おたがいを しらないまま そだてられ、その ゆがみに きづけないほど、あらゆる ばめんで わけられて しまって いるかと いう ことだ。
だからこそ、じぶんから ひとを もとめ、ひとの なかへ とびこんで いかなければと おもう。けれど、おおぜいの なかに いても、こえを かけて くれる ひとが なければ、どこへ むかって はなしかけて いいのかも わからない。これが わたしの げんじつ。まちを あるく とき、あしおとが ちかづいて くると、「こんにちは!」と、なるべく げんきに いって みる。でも、だまって とおりすぎて しまった ひとは、だれだったのかさえ わからない。それだけに、わたしに とって 「おはなしの アルバム」という、じぶんから さしだせる うでと、ささえて くれる なかまと ここに たちどまって よんで くれる ひとびとが ある ことは、ほんとうに こころづよい。
ふりかえって みれば、この ちいさな かいわしゅうを つくりはじめて、たった 3ねん。なのに いろいろな ことが かわった。「おはなしの アルバム」の てんじばんを よんで くださった ある おかあさんが、 「よく そんなに れいせいに こそだてが できますね。わたしなどは、ただ もう むがむちゅうなだけでした」と、かんそうに かいて おられて、とびあがりそうに びっくりした ことが ある。アルバムだけを みて いると、わたしが、まるで いらだちや とまどいを しらない、こそだて じょうずの おかあさんのように うつって しまうらしい。「とんでもない!わたしだって…」と、てがみを かいて、いまでは せんぱいの かのじょから、なにかと おしえて もらって いる。
じっさい、きろくを かきはじめた ころ、わたしは、ははおやと しての じしんを なくしそうだった。こどもたちが あまりにも ちいさくて、あぶなくて、ちょっとした きょうだいげんかでも、わたしには ようすが わからないものだから、「もし とりかえしの つかない ことにでも なったら…」と、その たび おびえた。だからこそ、こどもたちの かがやくような ことばは、わたしの すくいだったし、かきとっては なんども よみかえして、その ことばの あかりを たよりに、こどもと じぶんを しんじようと けんめいだった。いま、いくらかでも おちついて こどもとの じかんを たのしめるように なれたのは、こどもたちの うちから あふれる、せいちょうの ちからと ことばに みちびかれた おかげだと いう きが する。
このかん、みぢかに ともだちも できた。たずねて くる ひとの ない げんかんを ひなたぼっこの ばしょと きめて いた キュリーさんには、もうしわけないが、げんかんは ちゃんと げんかんの やくを はたすように なったし、わたしは、まいにち いそいそと ゆうびんうけを ひらく。
あさこさんに おくって もらった だい1しゅうを かのじょの ての ぬくもりを かんじながら、ずっと おともだちに なりたかった ひとに、てわたして いった あの ころ。ほとんど みちの かただった うの たかこさんに、おもいきって きょうりょくを おねがいして、こころよく ひきうけて もらえた ときの うれしかった こと。あれから また おもいでが いっぱい。あさこさん、うのさんとは、はなす たび、てがみを もらう たび 「ああ、わかって くれてる」と かんじられて、アルバム たんじょうまでの じかんは、わたしに とって ほんとうに じゅうじつした ものだった。
「ろうどく リラの かい」に、きんちょうしながら せいほん いんさつを おねがいしたのも、かんがえて みれば、みなさんに おあいして、まだ 3どめくらいの ときだった。いまでは、わたしも みなさんといっしょに かいいんと して 活動して いる。その なかで、この まちが なかまの いる 「わたしたちの まち」と おもえるように なった。こんかいの だい3しゅうでも、かいいんの みなさんに たすけて いただいた。
てんやく グループ「でんでんむしの かい」の みなさんにも、このごろ やっと あいに いけるように なった。だい2しゅうでは、てんやく ボランティアの みなさんが、はじめて パソコン てんやくに チャレンジして くださった。その おりには、たいへん ごくろうを おかけ したのに、こんかいの 3しゅうの てんやくも、たのしみに して くださって いる。いけるように なったと いっても、3じには こどもたちが かえって くるので、あわてて バスに とびのらなければ ならないが、こう して、あいたい ひとに あいに いける ことも、また とんで かえって やらなければ ならない こどもたちが いる ことも、ともに うれしい。
わかい めの みえない おかあさんや、めの びょうきの ことで、ふあんを いだきながらも がんばって いらっしゃる かたがたとも、ぶんつうが はじまった。さきに おなじ けいけんを したと いうだけでも、なにかしら ちからに なれる ことが あるようで うれしい。しんどい けいけんほど、より ふかく だれかと であえる ための みちしるべだった ことに、きづかせて いただいた。
そして、この カナがきの あとがきを ふくめて、さいごまで およみ くださった どくしゃに、こころから かんしゃしたい。きろくのように、ぶんしょうを そうさくして いく ひつようの ない ものの ばあいは、うのさんに おしえて いただく たび、かんじへの しんせんな きょうみを かんじながら、てんじから ゆっくりと かんじカナまじりぶんに なおして いる。ところが、ぶんしょうを つくると なると、てんじの ばあいの しゅうせい、かひつの むつかしさや、ワープロの カナかんじ へんかんの わずらわしさに ひきずられて、おもうように ぶんしょうが はこばない。それで、ゆうじんたちへの てがみは、カナで いいよと いって もらって いる。
じぶんで ふつうに ぶんしょうが かける ことは、もちろん たすかる。でも、1ばん かきやすい ほうほうで おもった とおりに かいて、それを ごく しぜんに うけとって もらえる ふんいきが ひろがって くれたら、だれでも もっと じゆうに ひょうげん できるように なる きが する。
どくしゃの みなさんは、よみづらかっただろうか。わたしは、どくしゃに おもにを はんぶん せおって いただけたから、らくに すなおな きもちで、この あとがきを かきおくる ことが できた。
(連載19へ続く)