不意に年表をつくったわたしの記録 2
『ねむれないわたしの オタクな遊び』
としてつくった年表を
見返して考えをめぐらす夜
今回は
戦争が漫画家たちにあたえたもの
について
わたしなりにちょこっと紹介しようかと思います
登場する漫画家の先生は
水木しげるさん
手塚治虫さん
松本零士さん
そしてちょろっと…
富野由悠季さんについても
1945年終戦
水木しげる
代表作:ゲゲゲの鬼太郎
1943年に陸軍軍人として出征
過酷な戦争体験を重ね 左腕を失う
元来どちらかというと兵士に向かない性質もあいまって、終戦の際は「生き残った!」と喜んだと言うエピソードあり
水木しげるさんは多くの作品に
『戦争の悲惨さ、無常さ』
を込めている
それは実際に戦争を体験した人の現実だ
ユーモラスなタッチで描いていても
『絶対にあの過ちを繰り返すべきではない』
と言う強い意志がある
そして
生きて帰国した後も
(比較的恵まれた環境の家ではあったが)
もののない時代
なにもないところから人生を再スタートさせた彼はそのマイペースな人柄もあるが
なんともパワフルに
そこにある環境をプラスに
人生を捉えていたように感じる
手塚治虫
代表作:鉄腕アトム ブラックジャック
多感な時期に戦争過渡期を過ごす
中学は軍学校
そこから軍事工場
手塚治虫さんは
青春時代に戦争過渡期を過ごしている
中学は軍学校そこから軍事工場へ
日本が有利な状況から終戦まで
まさに多感な時期に
『ものがある時代からなくなる時代』を国内で経験する事になる
(失われていく過程をみることほど残酷なこと
はない)
作品には
『理不尽な大人たち』
『先人がつくった理不尽な世界との対立』
『戦争ありきの青春時代』を表すものが多い
実際に戦地に行くことはなかったものの
空襲などによる悲惨な日本の姿をみているので
生々しい敗戦国の姿を色濃くうつし
戦争について、未来について
広い視野で解釈していると感じる
松本零士
代表作:『宇宙戦艦ヤマト』
幼少期終戦を迎える
戦争で父親は叩き上げのパイロット
将校をつとめる
戦争については父から聞いたエピソードが多い
SF
松本零士さんは
SFに影響を受けた
『宇宙へとびたつ』イメージの作品が多い
戦争中は愛媛に疎開していたこともあり
直接的な戦争の経験よりも
父親の戦争体験談や
疎開中目撃した敵軍戦闘機
父親が所持し家にあった飛行帽や拳銃への
憧れとともに少年期をすごしていた
それでも
父の話す戦争体験談は辛い話が多く
のちに作品として多く残している
それをみる限り父親の『戦争は過ちである』価値観はやはり実際に体験した水木氏のそれに
近いものがある気がする
『宇宙へとびたつ』作品イメージは
無意識に
かっこよかった父にもう一度そらを
飛んで欲しいという憧れだったのかもしれない
*
*
*
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3名の作品への価値観の違いは
間違いなく
『戦争と自身の距離感』が影響する
おどろくことは
3名の時代的な差はそんなに大きくないと言う事
ほんの数年、十数年の違いで
これほどまでに価値観は変わるのだ
では
戦争をもはや
『歴史上の出来事』として捉えている私たちには
とてつもなく過去の出来事で
どこか他人事と感じるのは
仕方のない事なのかもしれない
ただ
忘れてはいけないのは
終戦からはまだ80年も経っていない
という事
年表を辿る上で
煌びやかに見える時代を振り返るタイミングもあるのだけれど
私たちはまだ
戦後を生きているに過ぎない
ということにも所々で気付かされることになる
あちゃーなんだか堅苦しくなったので
最後に小話
富野由悠季
代表作:ガンダムシリーズ
父親は零戦の与圧服開発にたずさわる
(それはまるで宇宙服のようだった)
あー
それで
モビルスーツなのね!!
父親の影響ってやっぱり大きいな
『戦争』が絡んで
少々重たくなりましたが
次回からはもう少しライトにいこう👀
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