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【価値労働説】自分の価値について考えてみたけど、就活生も考えてみて欲しい。


最近「昔はモノの価値ってのはそれを生産するのにかかった労働量によって決まってた」(今は色々あるみたい)みたいな話を聞いたんですけど個人事業主とかになってその通りだなぁって思う。


っていうお話です。


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これ自分を商品にしているっていう局面になるとめっちゃおもろいなって思って、「自分の価値」ってその人の労働によって決まるなぁって思うんですよ。僕ら個人事業主はまさにそうですし、アスリートとかアーティストとかそれこそ就活生も、自分の価値に直結するなって思いました


自分の価値を上げるための労働って何?って話ですが、僕なりにわかりやすくいうと”結果に対する頑張り”って感じです。例えば学歴社会で大学まで行ったほうがいいっていうのは、大学卒業するまでに勉学に努めた頑張りが社会で評価されてるってことです。学歴そのものに何の意味もないと思います


東大卒なら東大に入って卒業まで勉強を頑張ったっていう頑張りが評価されてるって感じです。アスリートもそうで筋トレとかラントレとか頑張ってその頑張りに対する結果が出てそれが評価されてますよね


就活で言うと「ボランティアに行った」とか「資格とった」とかですね。だからその資格を取る難易度によって賃金とかが変わってくる仕組みになってると思います。アーティストもアスリートも頑張りが評価された分賃金が上がります。


なので頑張らないと賃金は上がりませんし、中には頑張ってないけど稼げたたいなこと言うてる人とか、あんまり頑張ってないでけど給料いいみたいな人って、他の人とスタートラインが違うって言う話だと思ってます。


あんまり勉強してないあいつの方が頭がいいって言うのは、それまでに培われてきた脳の構造がそもそも違うものだったりするので、幼少期から頭を使わされ続けた人とか、考える癖がついてる人とかとはさがそもそもついてます。


大学からサッカー始めた素人と小学校からサッカーやってて大学でもサッカーやる人が同じ練習量ではなかなか追いつけない。と言った感じですね。


20年も生きてたら小さな積み重ねで差ができてる可能性があります、それを頑張りと言うかどうかはその人次第ですが頑張りといえない積み重ねなんかで結果が大きく変わってきたりするし、あからさまに目で見てわかる頑張りもしておくと何か結果がどこかで変わると思います。


自分の価値は結果に対する頑張りで変わります。「頑張りに対する結果」ではないなぁって思います。以上





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