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「鬼人追儺録」第①話【創作大賞2024・漫画原作部門】
鬼人追儺録
鬼と人が紡ぐ魂の復活と希望の物語。鬼の血を引く少年、カイリが人の気高き魂に火を灯す和風ファンタジー冒険譚。
▶︎あらすじ
昔々東の果てにヒノクニという名の小国あり。かつて悪鬼がはびこる地獄の世を救った英雄「桃太郎」が没して幾十年。英雄不在のこの国で、悪鬼の一族「羅刹」は闇に紛れて民衆の血を啜る。
鬼の血を引く少年カイリは羅刹を斬り祓う者「追儺」となり、ヒノクニの人々の魂をとり戻してゆく。カイリが目指すは鬼と人が共に生きる世界!
<第一話>
怪しい人影を追っていたカイリと犬は、羅刹に支配された村に辿り着く。カイリは人々によって迫害を受け監禁されるが、彼の抱く夢と不屈の精神に人々は次第に心をとり戻していく。恐怖に立ち向かう人々のため、カイリは剣をとり羅刹に戦いを挑む。
▶︎補足説明
登場人物紹介
○主人公:カイリ(14)
【羅刹を斬る者「追儺」となる少年】
小柄で黒髪、まだ幼さの残る顔、人懐こい明るい性格。その身の丈に合わない剣と力と夢を持つ。他人に「身の丈に合わない」「無理だ」と言われても、今やることを自分で決める強い意思がある。
鬼の祖父譲りの膂力があるが、鬼の力を制御できず身体が負荷に耐えられない。五尺の大太刀は武器としても、芸として路銀を稼ぐのにも役立ってる。桃太郎に習った桃源流剣術で戦う。
人には強く気高い精神が宿っていることを信じており、それをヒノクニの魂と呼ぶ。鬼の祖父と桃太郎のように、鬼と人がともに手を取り合って生きる世界を夢見ている。
ワシはヒノクニを解放するぞ。人とともに生きるのだ。
○犬:チェス
【カイリの世話役・しゃべる犬】
ヒノクニに渡来したおしゃべりな老犬。桃太郎にお供した犬の子孫で、海を渡って歴史を探究する歴史家でもある。真面目で頭が固い性格で、小さい頃からカイリの面倒を見てきたが、小言が多いのでカイリからは煙たがられている。
外国の遊び「チェス」が大好きで、よく桃太郎や鬼と遊んでいたことからチェスと名付けられる。カイリが敵と対峙する際には、猪突猛進な彼を戦略でサポートする。
オシャレ好きで、フラットトップハットに、緑のベスト、ピンクの蝶ネクタイというファンキーな格好をしているのが特徴。犬種はスプリンガー・スパニエル。
まったく何もかも身の丈に合わん困ったヤツだワン。
○羅刹
【恐怖と分断の象徴、厄災をふりまくヒノクニの敵】
人の肉と魂をむさぼる悪鬼の一族。元は遠い国で誕生した魔物。必要に応じてその姿を変えることが可能で、人間の姿に紛れて追儺から逃れつつ、人々を支配している。高い知能と驚異的な身体能力を持ち、強力な術を使う個体も存在する。
本来の姿は、人間と獣の特徴を併せ持ち、鋭い牙と爪、金色の瞳、燃えるよう赤い髪、そして筋骨隆々とした体躯が特徴。皮膚は硬く鱗のようで、闇の中で光を反射する黒い色をしている。自身の力を誇示するような異様な装飾・武装を好み、見るものに恐怖を与える。
かつては、人と鬼が力を合わせて討伐していたが、羅刹は巧妙に人間社会に溶け込み、自らを鬼と称して恐怖と不信感を植え付けることで、人々と鬼との関係を分断させている。
喰らい、支配するという衝動これが我ら羅刹よ。
世界観・設定
【追儺】
古代から続く神職としての役割を持ち、ヒノクニの守護者として、伝統と知恵を駆使して羅刹と戦う存在。その伝統は長らく受け継がれてきたが、時代が進むにつれその数は減少し、桃太郎を最後に追儺の伝統は途切れていた。
本来15歳になる頃に、先代の追儺から継承の儀を通して受け継がれるが、祖父たちが急死したため主人公カイリは正式な儀式を受けていない。
追儺の知恵として、羅刹がいる場所では特定の自然現象が見られることが知られている。例えば、桜が咲かない、ホタルがいない、月が池に映らないなどの現象が顕著。これらの兆候を見極めることで、追儺は羅刹の存在を察知し、厄災を祓うことができる。
【鬼】
ヒノクニの力の象徴であり、生命力に溢れる長寿の一族。かつて鬼は<まれひと>と呼ばれ、100年ごとに現れて人と交わる神の一種だと考えられていた。頭部の角、赤い瞳が特徴。その神秘的な存在は、人々に畏敬の念を抱かせていた。近年の記録では鬼ヶ島で鬼の長と桃太郎が交友関係を持ったことがわかっている。
しかし、時の流れと共に人々の認識は変わり、今では鬼は羅刹と混同され、恐怖の対象となってしまった。鬼の真の姿を知る者は少なく、彼らの存在は誤解と偏見に包まれている。
【桃太郎】
3匹のお共と鬼と力をあわせて、羅刹の王を討伐した英雄。その勇猛さと知恵で、多くの人々の命を救い、ヒノクニに平和をもたらした。
その後、鬼と異種族間の絆を深めた。桃太郎の功績は、英雄譚として今なお語り継がれ、カイリにもその意志が受け継がれている。死因は団子を喉に詰まらせたこと。
カイリは祖父だと思っているが、実は父親とのちに明らかになる。仙桃の力で若返った際、鬼の娘との間にカイリをもうけている。
【祖父の鬼】
鬼ヶ島に住む、鬼の総大将。名は「鬼鵬丸」
桃太郎と手合わせした際にその魂の強さに惹かれ、以来桃太郎の相棒としてともに羅刹を倒した。人の歴史には語られぬもう一人の英雄。死因は酒を呑んで泳いで溺れたこと。カイリの剣は祖父の角が素材になっており、銘はそのまんま「角折 鬼鵬丸」である。娘を桃太郎の妻にした。
【ヒノクニの魂】
作品の中核となるシンボル。この地に住む人々が持つ気高く強い心を象徴する概念。かつて鬼と人が手を取り合い、共に生きてきた歴史の中で育まれた精神の燈。その強さは、困難な状況でも決して折れない不屈の意志と、他者を思いやる清廉な心に現れ、ヒノクニの民の潜在的な力を解放する。
主人公カイリにとっては人々が持つ内なる強さと希望であり、それが再び燃え上がることで、ヒノクニは新たな未来へと歩み始めると信じている。
プロット
◾️ジャンル
和風ファンタジー戦記もの
◾️ターゲット層
和風の剣劇バトル、ファンタジー戦記を好む10代男性、成長や絆の人間ドラマに共感しやすい20〜30代をターゲットと想定。
◾️作品アピールポイント
桃太郎をモチーフに独自のアレンジを加えた、和風ファンタジーの世界観が魅力です。鬼と人が共に生きる希望を描くテーマが読者に深い共感を呼びます。鬼の血を引く主人公カイリが敵対する羅刹という悪の存在を解像度高く描写することで、羅刹と鬼の違いが明確になり、この作品特有の新たな鬼のイメージを見せていきます。
主人公カイリは、強靭な肉体と大太刀を持ちながらも、未熟な少年であるため不安定さや弱点を抱えており、その成長を応援したくなるキャラクターです。カイリは仲間の犬やゲストキャラクターたちによって成長をサポートされ、彼の成長に伴って周囲の人々の心も変わっていく様子が魅力的なポイントです。
カイリの揺るぎない信念と周囲の人々の心の変化は、作中で「ヒノクニの魂」として象徴され、カイリが人々にその魂を見出した時に真の力を解放するという要素が、物語に深みとカタルシスをもたらします。鬼のパワーによるダイナミックなアクションと大太刀を駆使した壮大な剣劇バトルで羅刹を討ち倒すシーンは圧巻で、読者に爽快感を提供します。
この作品は、桃太郎伝説を基にしながらも、独自の視点で鬼と人の関係を再構築し、共に生きる希望を描くことで、読者に新しい感動を提供することをねらいます。
▶︎本編 第1話 厄災を追う者
(本編約8,800文字)
ー序幕ー 少年と犬
◆月明かりが照らす静かな林
暗闇の中を一つの人影が必死に逃げている。
それを追う少年と犬の二つの影。
突然、犬が前を走る少年に噛みつく。
「ぎゃっ、痛えな!なんでワシを噛む!ほら逃しちゃったぞ!」
黒髪の少年は抗議した。歳は10代半ばの幼さが残る顔に小柄な体、刃渡りが身長ほどもある五尺の大太刀を携えている。
「はあ、はあ…バカもの!いつもすぐ斬りかかるなと言っておるじゃろうがワン!」
ハットにネクタイ、ベストを着た老犬が息を切らせながら吠える。
「出遅れて人が食われたらダメだろ!」
「間違いだったらどうするんじゃワン。ちゃんと確かめてからにせい!」
「いや、あいつ臭うぞ。羅刹《ラセツ》だ」
「嗅覚だけで判断するなワン。物事はそう単純じゃないと…」
「犬のクセに鼻がきかんなあ、チェスは」
「カイリ!貴様!!」
少年カイリと老犬チェス。
二人(?)は言い合いながら人影が去った方へと歩いてゆく。
やがて林を抜けると、一つの村に辿り着いた。
ー起ー 羅刹がいる村
◆村の入り口
「ここに来ちゃダメよ!」
背後から声が響いた。カイリとチェスが振り向いた先には一人の少女がいた。
「誰かこっちに逃げてこなかったか?」
「何のこと? そんなの知らないわ」
ミライは焦った様子でごまかそうとする。
カイリは匂いを嗅ぎ分け、真剣な表情で続けた。
「さっきのは、お前だな。羅刹の匂いがする」
「ガウッ!」
刀に手をかけようとしたが、チェスが唸り声を上げたので、急いで手を引っ込める。
「絶対こいつだって……」
「カイリ、この娘がそうだと決まったわけじゃないワン」
「お前とかこいつとか失礼ね、私はミライよ。あんた何者…?」
その時、村から人々が集まってきた。
カイリを警戒しながら取り囲むように様子を伺っている。
カイリは一歩前に出て、毅然とした態度で言い放った。
「ワシはカイリ。追儺《ついな》だ」
「まだ正式になれたわけじゃないワン。調子に乗ってはいかんワン」
その言葉にカイリはムスッとするが、チェスは涼しい顔。
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ミライは唖然とした。
「そんなの信じられない。あんたみたいな子どもに何ができるっていうの?」
村の人々もそんなカイリを嘲り笑う。
ーーこんな小僧が、桃太郎ごっこか?
ーーそれに何だ、ハイカラな犬を連れて。
ーー見ろ、あの身の丈に合わんでかい刀を。
ーー滑稽な奴だ。
「災いが起きる前にさっさと立ち去れ!」
ミライがそう叫んだ時、カイリの研ぎ澄まされた感覚が異変を感じ取った。
「気をつけろ、近くに羅刹がいる。見ろ、池に月が映ってない」
空には満月が輝いていたが、カイリが示した先の池の水面にはただ夜の深い闇だけがあった。これは追儺の知恵の一つで、羅刹が近づくと起きる現象だった。その光景にミライは驚き、青ざめた。
突然、後方から村人の悲鳴がした。
「うわあああ!!」
「みんな逃げろっ……ぎゃあっ」
「ひいいっ!助けてっ」
黒い影が次々に村人を襲い、血しぶきが舞う。
村人たちは混乱に陥り、あちこちに逃げ惑う。
「ワンワン! カイリ!」
「ああ、匂うぜ。羅刹だ」
目の前には熊のような体格に、猫のような身軽さを持つ恐ろしい生物がいた。強靭な爪で人々を襲う羅刹。まるで痛ぶって楽しんでいるようだった。
カイリは大太刀を抜こうとするが、人々が邪魔で思うように動けない。
「くっそ、しかたねえ!」
「落ち着けカイリ、それはやめるんだ!ワン」
チェスの警告に、カイリは一瞬ためらったが、覚悟を決めて力を解放した。その瞬間、体から蒸気が上がり、その姿は異様な力を感じさせるものに変わっていく。額には角が浮かび上がり、目には紅い光が宿る。それは鬼の姿だった。
鬼の力を解放したカイリは羅刹の動きを追う。
「そこだっ!」
羅刹の腕をつかむと、村人を襲っていた動きが止まり、金色の瞳と目が合った。冷たく射抜くような目がカイリを睨みつける。
カイリはすぐさま拳を繰り出すが、素早い動きで羅刹に回避され、後ろの壁を破壊した。次の瞬間、羅刹のカウンターが待っていた。鋭い拳が胸にまとも突き刺さり、激しく吹き飛ばされた。空中で身体が回転し地面に強く激突すると、衝撃で鬼の力が消えて元に戻ってしまう。
「げ、げほっ……」
なんとか立ちあがろうとするが、激痛ですぐに動けない。カイリに向かって、羅刹は冷ややかな笑みを浮かべると、近くにいた子どもを攫って立ち去っていった。
*
羅刹が立ち去った後、村は静寂に包まれた。しかし、その静寂はすぐに人々の叫び声で破られた。
「鬼…! あいつも鬼だ!!」
村人たちは、カイリを見て恐怖に駆られた。
「よくもこんな目に!」
一斉に叫び声を上げ、痛みと怒りでカイリに襲いかかる。
「ぐえっ、痛ってえ。何すんだ!」
「だから言ったのだワン。ーーやめろ!ワン」
チェスが必死に制止するが、村人たちは聞く耳を持たない。
彼らの目には、カイリもまた羅刹と同じ恐ろしい存在として映っていた。その存在に怯えて石や棒でカイリを容赦なく打ち据える。カイリは傷つきながらも反撃せず、その場に倒れ込んだ。
「もういいわ! こいつは閉じ込めておきましょう」
ミライの静止で、ようやく暴力は止んだ。
そうして力尽きた彼を牢に閉じ込めたのだった。
*
ー承ー 宿命
◆薄暗い牢の中
月明かりが仄かに差し込む薄暗い牢の中。
カイリは目を覚ますと、少し伸びをした。体の傷はすっかり癒えている。
巻きつけられた縄が食い込んでいるのを感じて、縛られていると気づいた。
「カイリ、起きたかワン」
牢の外からチェスが声をかける。
「よう。ワシは捕まってて、何でチェスはそっちなんだ?」
「普通、こんな愛らしい犬を牢には閉じ込めんじゃろうワン」
「あとで食われるのかもよ?」
「縁起でもないこと言うなワン!」
軽口を叩き合っているとミライが現れた。
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「あっ、お前!」
「お前じゃない、ミライよ。元気そうね」
「大丈夫だカイリ。ミライは羅刹じゃないワン」
「じゃあ、何で最初林の中でワシらを見て逃げたんだ?」
「あんたが急に斬りかかろうとしたからよ!」
「ほれみろカイリ。お前の早とちりで危ないとこだったワン」
「う……、わるかったよ」
カイリは素直に謝ったが、ミライの冷ややかな視線に気づく。
「本当に鬼の子だったのね……」
ミライはため息をつき、カイリをじっと見つめる。
「村のみんなはあんたを怖がってる。鬼の力を見せつけたから」
「ワシはお前らを守りたかっただけだ」
「でも、あんたの存在がみんなを混乱させたのよ」
ミライの声には怒りと悲しみが混じっていた。
「このヒノクニは、もともと鬼と人がともにあったんだ」
カイリは真剣な眼差しで語る。
「羅刹は外の世界の奴らだ。羅刹と鬼は違う」
「ーーそんなの、もう誰も知らないわ」
ミライの表情は苦しげだった。
「人にとっては鬼も羅刹も同じなのよ。怖くて憎いの。鬼と人は一緒に生きられない」
「……」
「ヒノクニは……その、羅刹に支配されてる。あんたはまだ小さいし、身の丈に合わないことはしないほうがいいわ」
「お前の考え方はわかった」
カイリは一瞬考えた後、強い決意を込めて言った。
「だが、ワシを何かにしようとしても、それはお前の夢を叶えたことにはならんぞ。なりたいお前にはお前がなれ。ワシは人とともに生きたいのだ!」
ミライはその言葉に一瞬息をのみ、カイリをじっと見つめた。
「……人はそんな強くないの。みんな簡単に信じてはくれないわ」
チェスが話に割って入る。
「なあカイリ。あきらめも大事だワン」
「人間は違うモノに恐怖するものなのだ。恐怖には勝てん。その娘の言う通り、鬼と人は共には生きれないのだワン。悲しいがそれがお前の宿命だワン」
「それを決めるのはワシだぞ。それにワシは信じておる。ヒノクニは強い。もともとはともにあれたのだ」
カイリの目に涙が溜まる。
「宴会の途中、桃のじいちゃんは団子を詰まらせて死んだ。角のじいちゃんは酒に酔ったまま海で泳いで溺れた。でも最後まで2人とも満足で幸せそうだった。じいちゃんらのようにワシは彼らとともに生きてみたい」
まるで何かに縋るようだった。そうしなければならないほど、カイリはまだ未熟な少年だった。
「だからワシは追儺になった。ヒノクニの魂を守るのだ」
「わかったから泣くなワン。まったく何もかも身の丈に合わん困ったヤツだワン」
たとえ強靭な意志と身体を持っていようとも、誰からも否定される道を歩むのは心が傷ついていく。チェスはそれをよく分かっていた。身の丈を超える夢と力を持つ彼を、誰よりも心配していた。
やれやれ、まだ一人にはさせられんなとチェスはため息をついた。
「どういうこと?あいつは一体何者なの?」
「あいつの祖父は鬼だったが、親友がおったんだワン。その名を桃太郎、伝説の追儺だワン。カイリはその血を引いてるワン」
「鬼と桃太郎の血を……!」
ミライは驚いたが、あることにも気がついた。
「ね、ねえ、ちょっと……じゃあ桃太郎の最期ってそんなだったの?」
「事実は小説よりも奇なり、なんだワン」
*
「ハハハハ! やはり混じり者か小僧!」
突然、どす黒い声が牢屋に響いた。やってきた男は明らかに人間ではなかった。筋骨隆々とした体の皮膚は、硬く鱗のようで、闇の中で光を反射する黒い色をしている。獣のような鋭い牙と爪、尖った耳、金色の瞳、燃えるように赤い髪をしていた。さらに、力を誇示するかのような異様な紋様が体全体に施され、人骨でできた装飾を身につけている。その姿は凄まじい威圧感を放っていた。
「ーーくせえ! 羅刹だっ。ミライ、逃げろ!」
「桃太郎と鬼の子孫か! 追儺の末裔とは面白いやつを連れてきたな、ミライ!」
羅刹の言葉に、ミライは唇を噛みしめている。
「……おい、お前ら知り合いか?」
「ハハハ、聞かせてやろう。この女はな、俺がこの村の人間を食わないことを条件に、外から人間を誘って俺によこしてるのさ!」
「私は……家族を守るために、仕方なく……」
「満月の夜までに、毎日毎日駆けずりまわってな」
羅刹は冷ややかな視線をミライに向け、不気味な笑みを浮かべた。
「面白いだろう?こいつは自分たちの身を守るために、俺と手を組み、貴様のような奴を犠牲にしているんだ」
「なるほど。それでミライから、お前の強烈な匂いがしたんか」
ミライは苦痛で顔を歪めている。涙が頬を流れる。その様子に羅刹は満足そうに嗤う。
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「だが、今夜はこの小僧を逃がそうとしたな。俺はいつでも見ているぞ」
「子どもを巻き込みたくなかったの……!」
「その罰として村人を襲ってやったが、さっき攫った村のガキは貴様の前で食ってやることにした」
「ーーそんな!」
ミライがガタガタと恐怖と後悔で震え出す。
「おい、お前は人なんか食わず、共に生きれんのか」
「ハハ! 人の肉を喰らい、魂を支配するという衝動。これが我ら羅刹よ」
「お前みたいなのがいるから、ヒノクニは分たれるんだ」
「ハハハハ! それがこの国の宿命よ。愚かな人間どもに何もできはしない!」
「よく分かった。お前は必ず、ワシが斬る」
「フン、その程度の力でか。来いミライ!」
「カイリ……巻き込んで、ごめんなさい」
羅刹はミライの手を強引に引いて、出て行こうとする。その背にカイリは問いかける。
「犬は食わんか?」
「誰がそんな萎びた老犬など食うものか!」
チェスは冷や汗をかきながら、キッとカイリを睨みつけた。
「カイリ、お前はもう少し口を慎むべきだワン」
*
牢屋に取り残されたカイリとチェス。
「さてカイリ、どうするワン?」
「どうこうするもないぞ。奴を斬る」
「ならさっさと出るんだ、ワン」
「はいよ」
カイリが力を込めるとバツン!と縄がちぎれた。牢の格子に手をかけさらに力を込めると体から蒸気がのぼる。木の牢はミシミシと音を立てて折れ曲がり、格子が崩れていった。カイリは破壊された牢の外に出ると、立てかけてあった大太刀を背負い、チェスに向き直る。
「奴の匂いは覚えた。どこまでも追えるぞ」
「よし、まず戦略を立てるワン」
「頼むぜチェス」
*
ー転ー ヒノクニの魂
◆屋敷の中
ミライは村の中心にある大きな屋敷に連れて行かれた。
いくつか部屋を抜けて、攫われた子どもがいる部屋に連れていかれた。
冷たい闇の中、羅刹が子どもをじっと見つめ、その牙をむき出しにする。
子どもは恐怖で震え、ミライもまた、無力感に打ちひしがれていた。
「やめて……お願い、やめて!」
ようやく絞り出したミライの叫びもむなしく、羅刹は子どもに迫る。
そのとき、風を切る音と共に部屋の中に飛び込んでくる少年。
「カイリ!」
ミライの驚きの声を背に、カイリは大太刀を繰り出した。
羅刹は両腕で刃を受け止め後方へ跳ぶ。その勢いのまま、二人は窓の外に飛び出した。
「来たぞ羅刹」
「ハッ!貴様の首、飾りにしてやる」
二人が飛び出したあと、部屋にチェスがやってくる。
「戦術の定石、まず玉将を動かしたワン。ミライ、早くその子を連れて逃げるんじゃワン」
「ええ、ありがとう。カイリは大丈夫なの?」
「王手には足りんワン。あとはあんたら次第じゃワン」
*
◆広場での戦い
対峙するカイリと羅刹。
羅刹の腕からポタポタと血が流れているが、すぐに傷が癒えていく。
「ほう!身の丈に合わぬ刀と思ったが、なかなかの業物だな」
「結構硬いな。でも今ので何となく分かったぞ」
「!!」
横薙ぎの剣閃が走る。羅刹は咄嗟に腕で防ぐが、さっきよりも深く刃が食い込んだことに驚いた。
「よし、次はぶった斬れる」
「ほう、戦いながら技術を上げるか。なら一気に叩くだけよ」
羅刹は一旦距離をとり、腕に甲冑のような武具を装着した。骨のような異様な装丁の手甲は、羅刹から流れた血を吸ってキシキシと蠢いている。
構えをとった羅刹は、恐ろしい速さで鋭い拳を繰り出してきた。刀を振り下ろすが、手甲に刃が通らず弾かれ、爪がカイリの肩を切り裂く。そのまま刀身を掴まれ、刀ご体が持ち上げられる。
「未熟者が! 身の丈に合わぬ武器に振り回されていろ!」
そのまま地面に叩きつけられるが、寸前、カイリも鬼の力を解放する。受け身をとって衝撃を受け流し、すばやく姿勢を整えた。刀を背負うように構え直し、体を大きく振ると大太刀がまるで嵐のように羅刹に迫る。羅刹は拳や爪、蹴りなど多彩な体術で攻撃を捌きつつ反撃してくる。カイリは何度も攻撃を試みるが、羅刹の動きはまるで獣のように素早く、次々と反撃が飛んでくる。カイリの身体は傷つき、血が滴る。
突然バキリと骨が砕ける音が響く。
鬼の力が制御できず、カイリの肉体が次第に耐えきれなくなった。
「はあはあ……くっそ、こっちが力を上げてもすぐ追い越しやがる」
「ハハハ! 貴様のような奴が追儺? 力不足だな小僧」
「いんや、経験不足だ。力と技術はじいちゃんらにもらったんだからな」
* * *
(回想)
カイリ「なあ、じいちゃんたちは最強の追儺だったんだろ。なんでそんな強くなったんだ?」
鬼「ガッハハ! ワシは鬼だからのう! <ふぃじかる・ぎふてっど>よ!」
カイリ「なんだよそれ! 角のじいちゃんは本当適当だよな」
鬼「ガハハハ、ほれ桃の字! お前もカイリに教えてやれい」
カイリ「桃のじいちゃんも、ふぃじかるなんとかかよ」
桃太郎「馬鹿もん、ワシには桃源流剣術があるじゃろがい。技術よ技術。<そーど・ますたあ>じゃ」
カイリ「わかんねーけど、結局才能ってことだろ」
鬼「そりゃ違う! たとえ力や技術がいくら優れていても、それを超える奴は必ずおるからのう!」
桃太郎「じゃが、そうした力の差を覆すのは、ヒノクニの魂じゃ。この国が古来より育んできた気高さに呼応する魂の火。これこそが真の力を解き放つのじゃ」
鬼「そうとも! 桃の字と手を取り合った時は思わぬ力が湧き出たものよ!」
桃太郎「だからワシは今この時こそ最強じゃろうて」
鬼「ガハハ! そうとも今のワシらを討てるものなどありはせぬ!」
桃太郎「お前にもいつか見えるじゃろうよ。ヒノクニの魂が」
* * *
ミライとチェスは攫われた子どもを連れて屋敷を飛び出し、村の広場へと駆け込んだ。そこには怯える村人たちが集まり、物陰からカイリと羅刹の戦いを見ていた。すでに戦いの周辺では火の手が上がり、二人の姿は炎に照らされている。
子どもの母親はわが子の姿に気がつくと、急いで駆け寄り強く抱きしめた。
「ああ、よかった……! ありがとうミライ」
「私じゃないわ。あの子のおかげよ」
ミライは、今まさに戦っている少年を指差した。そして村人たちに向かって、大きく声を張り上げた。
「みんな、カイリが私たちの本当の敵と戦ってくれてる。今こそ私たちも戦う時よ!」
村人たちは驚いた表情でミライを見つめた。中には恐怖で震える者も、批判の声を上げる者もいた。
「あの鬼の子どもが助けてくれただって? 冗談だろ」
「鬼を信じろって言うのか」
「一緒に戦うなんて無理だ」
「逆らえば村が滅ぼされる」
「我々はこれまで通りにしていればいい」
ミライは一瞬ためらったが、再び力強く声を上げた。
「カイリは私たちを守ろうとしている。あの子は鬼だけれど、私たちの味方よ!」
(この勝負は、村人たちが協力するかどうかにかかってるワン)
チェスは、静かに様子を見守る。
「今まで誰も立ちあがろうとしなかったわ。みんなあの子の姿を見て何とも思わない? 悔しくない? 怒りが湧かない? そんな心も忘れたのなら、もう私たちは死んだも同じよ」
ミライのその声に、人々は戦っているカイリを見た。カイリは諦めず立ちあがろうとするが、ダメージが深い。羅刹の声が村人たちに届く。
「貴様が何をしようと変わらない! この国は我らに永遠に支配される。貴様らはひっそりと隠れて生きれば良いのだ!」
その言葉を聞いた村人たちは、絶望の色を濃くした。その時、カイリの叫び声が響き渡った。
「何をするかはワシが決めんだ。ワシはヒノクニを解放するぞ! 人とともに生きるのだ!」
その言葉は決意と希望を感じさせた。
ミライは村の人々に決断を迫る。
「ねえ、みんな。服従するの? それとも戦うの?」
村人たちは次々に拳をかたく握りしめた。
ー結ー 決着
奴を一瞬抑えることができれば……。
激しい戦闘が続く。
カイリは必死に羅刹に立ち向かうが、その強大な力に圧倒され、深く傷ついていた。一か八かの状況だが、ここにはカイリを助けるほどの力を持つ者はいない。
(ちくしょう……体が限界だ……)
絶望が胸をよぎったその瞬間、村人たちが立ち上がった。
「うわああああああ!!」
「ワンワン!」
彼らは恐怖を振り払い、大声を上げながら羅刹に向かって石や棒を投げつけた。
チェスも遠くから吠える。
「人間どもが何のつもりだ。痛くも痒くもないが、覚悟の上だろうな!」
羅刹が嘲笑を浮かべたその時ーー
ーー!!
ミライが鋭い眼差しで羅刹に突進した。彼女の動きは素早く、一瞬の隙をついて足にしがみつく。羅刹は動きが止められ、動揺する。
「くっ、バカな……! ミライ、貴様……!」
「カイリ、お願い!」
「カイリ!今だワン」
カイリの目には人々の魂が燃えているのが見えた。それは理不尽な支配への怒りの火であり、恐れに立ち向かう勇気の炎だった。
「ーーヒノクニの魂、しかと見た!」
カイリはその炎を見つめながら、最後の力を振り絞り、鬼の力を全解放する。
体がその力に応えている。
大太刀を大きく振り上げ、桃太郎直伝の退魔の剣術の構えをとる。
「桃源流『桃花一閃』!」
カイリの声が空気を震わせる。強力な踏み込みで地面が揺れ、彼の足元に亀裂が走った。その瞬間、彼の目にも炎が宿る。カイリは一瞬の間に全身の力を集中させて一足で距離をつめる。背負った大太刀が光り輝き、まるで空を裂く閃光のように一閃が走った。刃は風を切り裂き、音すら置き去りにする速度で羅刹に向かう。
羅刹は一瞬その光に目を奪われ、次の瞬間、頭から胴にかけて真っ二つに両断された。血しぶきが舞い、遅れて羅刹の身体が崩れ去る。
その背後で、カイリは静かに大太刀を鞘に納めた。
ー終幕ー 鬼と人のこれから
◆夜明け
朝早く。人知れず発つつもりで、カイリとチェスは村の入り口にきていた。見送りに来たミライが食料を包んで渡してくれる。
「カイリ、色々ありがとう。あれからずっと眠ってたけど、怪我はもう大丈夫なの?」
「おう、寝たらこのとおり。全快だ」
「力を出すとすぐ倒れるのは、修行不足だワン」
「いや、すっげえ疲れるんだから」
変わらぬやり取りを繰り返す少年と犬に、ミライはくすりと笑う。
ふとカイリの着物に書かれた文字が目に入った。
「<魁李>これがあなたの名前? 鬼と桃、おじいさんたちからもらったのね、いい名前だわ」
「じいちゃんが、桃は生意気だから李なんだとよ」
「ふふ。あんたならきっといい追儺になれるよ」
「ワシがなると決めたんだからな」
「そうね。夢があるものね」
ミライは髪をかき上げ、目を伏せた。
額には小さな二本の角があった。
「あたしは<魅来>。これからって意味よ」
目を開けたミライは、赤い瞳で微笑みかける。
「お互い頑張りましょうね」
驚きで口をあんぐりと開けたチェスの横で、カイリがはしゃぐ。
「! はは、な? チェス。ワシは間違ってなかったぞ」
「はあ……やれやれ最近の若いもんは、だワン」
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髪と目をそっと元に戻して別れの挨拶をするミライの背後で、村人たちもこちらに手をふっているのが見えた。
カイリは笑顔を向け、彼らに大きく手をふり返した。
ーー第1話 厄災を追う者 (了)ーー
(第2話に続く)
各話リンク
▶︎第2話 臆病者(前編)
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