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「彗星アルカンティルを追いかけて」サイドストーリー(1)【創作大賞2024・応募作品】

ミズキを主人公に、一人称視点で彼女の生涯が語られます。
<最後までカケルを思い続けた彼女の決意と葛藤を綴るサイドストーリー>

サイドストーリー(1)


あなたの夢は、無限の宇宙の果てに輝くアルカンティル。
あの光を追い求めるあなたの姿を見ると、私の心は希望と痛みの狭間で揺れ動く。



北極星

今夜は満天の星が輝いている。
丘の上で私は、望遠鏡をのぞき込む少年の隣に座り彼を見つめた。彼の目は星空の彼方に向けられていた。

「ミズキ姉さん、見えるよ!アルカンティルが輝いてる!」

カケルの声は喜びに満ちていて、私の心を強く打った。彼の純粋な情熱に触れることで、私は忘れていた何かを思い出したような気がした。


ーー10年前 


父はよく星の見えるこの丘に連れてきてくれた。私は彼の大きな手を握りしめながら、丘の上まで早足で駆けた。

「お父さん、今日はどの星を教えてくれるの?」

振り返ると、少し見上げたところに父の微笑む顔があった。
船乗りの父。彼が長い航海に出るたび、私は胸が締め付けられるような寂しさを感じていた。そんなとき父はいつもこの場所で宇宙の話をしてくれる。星を見ながら話す時間は、まるで父と特別な繋がりを感じる瞬間だった。宇宙のことを知るたびに、私はどんどん夢中になっていった。

「今日は特別な星を教えるよ。あの一番明るく輝いている星、見えるかい?」

父の指さす先を探すと、そこにはひときわ輝く星があった。

「うん、見えるよ!あれは何ていう星?」

「北極星だよ。いつも同じ場所にあって、迷子にならないように導いてくれる星なんだ。」

「北極星……すごい!いつも見えるの?」

「そうだよ、ミズキ。どんなに遠くへ行っても、北極星は変わらずに君を見守っているんだ」

その言葉に、私は心の中に温かい何かが広がる。北極星は、いつもそばにいてくれると思うと寂しさが和らいだ。

「じゃあ、お父さんが遠くに行っても、北極星は一緒に見られるね」

「そうだ、ミズキ。お父さんも北極星を見て、君を思い出すよ」

その言葉に、嬉しさがあふれてきた。

「私、北極星が一番好き」

「そうか、ミズキ。北極星は君の心の灯りだね」

「私も北極星を見てお父さんのことを思い出すから。早く帰ってきてね。」

「もちろんだよ、ミズキ。僕は北極星のように、いつも君のそばにいるつもりだ」

父の優しい言葉を胸に刻んで、その夜も星空を見上げていた。

でも最後の航海に出たまま、父は帰ってこなかった。その日から、星空を見上げるたびに胸が痛くなった。


そして私は、星を見ることをやめた。




ーーそれなのに、どうして大学で天文学を専攻してしまったんだろう。



天文学は私にとって、大好きな父の記憶の温もりと、彼を失った痛みそのものだった。没頭しているうちは、全てを忘れて夢中になれた。でもふとした瞬間、胸に突き刺さるような痛みに襲われた。

私はいつか父と奇跡的に交信できるかもしれないという淡い期待を胸に、現実から目を背けるようにアマチュア無線にのめり込んだ。


大学に入って最初の夏。

『ハロー。CQ、CQ、CQ……』

無線からのコールサインが耳に届く。ふとレポートを書く手を止め、無線のスイッチを入れる。

「ハロー、受信します。よろしくどうぞ」

『あ、応答ありがとうございます僕はカケル。き、聞こえますか?』

緊張しているような少年の声は、すこし早口だった。

(もうちょっとリラックスしたらいいのに)

私は、少し砕けた調子で返事を返す。

「ハロー、良好です。私はミズキです。はじめまして」

『よ、よろしくお願いしますミズキさん』

彼の一生懸命な声が心に響いてくる。思わず微笑んでしまう。

「緊張しなくて大丈夫よ、カケルくん。君は上手くやれてるわ。アマチュア無線は始めたばかり?」

『ありがとうございます。はい、僕、学校で宇宙ステーションと交信したんです。それから無線の免許を取りました』

ああそういえば、近所の中学校の行事で宇宙ステーションと無線で繋いだって、ニュースで話題になっていたな。そこの生徒だろうか。

『その交信の時、宇宙飛行士の声が聞こえて…まるで本当に宇宙と繋がったみたいで。星に夢中になったんです。もっともっと知りたくて、いつか自分も宇宙に行きたいって強く思いました』

その言葉に、かつての自分が重なった。
私の心にふたたび火を灯してくれるようだった。彼の声で胸の中に柔らかく温もりが広がり、久しぶりに心がほっとした。

初めての交信で、こんなにも感情が揺さぶられるなんて思いもしなかった。

無線機を切った後も、カケルの声が頭の中で響いていた。その日私は、長い間しまったままにしていた望遠鏡を取り出して、星を見る準備に取り掛かる決意をした。

久々に見上げた星空には、10年前と変わらずそこに輝く北極星があった。


彗星

何度かカケルと一緒に天体観測に出かけた。そのたびに私は、父が聞かせてくれた宇宙の話をカケルに話した。彼の目が輝き宇宙に思いを馳せる様子を見ていると、私の胸の痛みが次第に薄れていくのを感じた。

「ミズキ姉さん。今日はどんな星のことを教えてくれるの」

5歳下の彼の純粋さと情熱は、私にとって特別なものだった。星空の下、星を見つめる彼の横顔はとても輝いていて美しかった。私は彼に強く惹かれていった。

「カケル、今日は特別な彗星の話をしようか」

「彗星?」

「うん、正確には『恒星間天体』って言うの。これが私の専門分野なんだけどね。太陽系の外側からやってくる、宇宙の果てを旅する天体のことなの。もうすぐ地球の近くを通るんだ。それが彗星アルカンティル」

カケルの目が一段と輝きを増していくのを見ながら、私は心の中で微笑んだ。
彼に話すとき私、いつもより丁寧で優しくなってる。

「アルカンティルか…その名前も素敵だね」

カケルの純粋な反応に、私の心は一層温かくなった。彼の夢に、少しでも貢献できることが、私にとって大きな喜びだった。



そして、私たちは奇跡の瞬間に巡り合った。

ーーこんなことが起こり得るの?

星の見える丘の上、彗星アルカンティルの通信が私たちの無線を通じて届いたとき、私は感動と同時に心の奥深くで不安が湧き上がった。アルカンティルの歌声のように美しく響く声に耳を傾けながらも、頭の中では警告音が鳴り響いていた。

隣にいるカケルは目を輝かせ、興奮と興味深く彗星のメッセージを受け取っている。

「アルカンティル。僕も、君と一緒に、同じ景色を見たい」

もしもこれがイタズラで、彼が失望することになったらーー……。

その想像だけで、心が痛む。
私は彼の様子を見つめながら、少しでも冷静でいようと努めた。彼の顔には感動と期待が溢れていた。この瞬間、私はただ静かに見守るしかなかった。

彗星との通信を終えた後の丘は、まるで一瞬で静寂に包まれたかのようだった。
星空が広がる中、私は今、幻を見ているのではないかと錯覚した。そのとき、カケルの方を見ると、彼は空を見上げ、顔は紅潮していた。

「僕は、アルカンティルにもう一度会いたいんだ」

とカケルがつぶやいた。その言葉に、私は心を揺さぶられた。迷いなく宇宙へ行く決意ができるカケルの勇気は、なんて素敵なんだろう。でも、もしこれが嘘だったとしたら、傷つく彼を見ることになるかもしれない。私はそのことが恐ろしかった。

このまま、この特別な記憶を二人で抱いたままでいられない? どうか、遠くに行かないでほしい。

希望と不安が入り混じる。彼の心に必死に手を伸ばそうと、私は彼の肩にそっと手を置いた。深呼吸をしながら、自分の感情を抑えようとする。

「もしかしたら、これは誰かのイタズラかもしれないよ」

と私は言った。自分の声がかすかに震えているのを感じた。

「ミズキ姉さんは、本当にそう思ってるの?」

カケルが問い返してきた。
その真剣な眼差しに、私は胸が締め付けられるような思いをした。

(そんなこと言わないで。私だって、君と一緒に感動したんだから)

「私も信じたい。でも、こんなことが起きるなんて、普通じゃないから…」

(そんなこと言いたいんじゃない。君の心が遠くに行ってしまいそうでついそう言ってしまったの)

「それでも、僕は、アルカンティルにもう一度会いたい。そのために絶対宇宙飛行士になるんだ」

(そう、私の声なんかで君の決意は、揺らがない。君はいつもまっすぐに夢を見つめてる)

その一途な思いに、私はどうしようもなく惹かれている。迷いなく夢に向かって進もうとするカケルは、私が持ち合わせていない勇気そのものだ。その強さと純粋さが、私にはまぶしくてたまらない。彼の夢を尊敬している。本当は彼の夢が叶う瞬間を、どんな形でも見守りたい。

でも、応援したい気持ちと同時に、彼が傷つくことを恐れてしまう。私の中で、希望と不安がせめぎ合う。

「これがイタズラだとしても、本物だとしても、君の夢、私も一緒に応援するわ」


揺れ動く心の中、私は感情の波に飲まれないよう必死だった。

(サイドストーリー(2)に続く)



 サイドストーリー(2)
 サイドストーリー(3)ラスト

◀︎本編
(第1話:プロローグ)
(第2話:夢への一歩)
(第3話(最終話):プロジェクト・アルカナ)

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