「彗星アルカンティルを追いかけて」第2話【創作大賞2024・応募作品】
第2話:夢への一歩
【7年後】宇宙飛行士候補生の試験
カケルは大学生になり、宇宙への夢を追い続けていた。
彼は宇宙飛行士になることを決意し、勉強と訓練に励んでいた。
しかし、彼の夢への道は容易ではなかった。
カケルは宇宙飛行士候補生の試験会場のロビーで座り込み、手の震えが止まらない。試験が終わり、合格者が発表された瞬間、自分の名前が呼ばれなかった事実に全身の力が抜けた。
「なんで……なんでだ……!」
カケルは呟き、拳を握りしめた。
試験の数日前、彼は受験生仲間と口論になった。その原因は、彼の心を強く引き寄せる彗星アルカンティルの話題だった。
「お前、本気で彗星と話したって信じてるのか? 笑わせるなよ、カケル」
と、受験生の一人が嘲笑した。
カケルは、自分の夢を他人に理解されないことに、こんなに失望や怒りを感じるとは思いもしなかった。
「俺は本気だ。あの時、確かにアルカンティルと話したんだ!」
カケルは思わず叫び返していた。
その口論がきっかけで、カケルは試験の最中も心が乱れていた。そして試験の結果は無情にも彼を弾き出した。
ロビーの片隅で座り込むカケルの肩に、誰かがそっと手を置いた。
振り返ると、そこにはミズキが立っていた。彼女は天文学から宇宙工学へと学びを進め、既に宇宙開発の分野で才能を発揮している。優秀で、カケルが尊敬する人物だ。
その彼女の目には、同情と心配が滲んでいた。
「カケル、大丈夫?」
彼女の声は優しかったが、カケルの心には痛みが刺さった。
「ミズキさん、俺……失敗した。あの日からずっと、夢を叶える瞬間を信じて、頑張ってきたのに、それを台無しにしてしまった」
カケルの声は掠れていたが、その痛みははっきりと伝わってきた。
「みんな、俺を笑ったんだ。彗星と交信したなんて幻想だって……。悔しくて、本当に悔しくて、怒りが込み上げてきたんだ……。夢を追いかけるって、こんなに難しいなんて思わなかった。」
彼は両手で顔を覆い、肩を震わせて泣いた。
ミズキは彼の横に座り、しばらく何も言わずに彼の背中を撫でた。
(カケル、本当は君もあの出来事が嘘かもしれないって不安だったんだね。他の人にその不安を見透かされたようで、辛かったんだよね)
カケルの落ち込む姿を見つめながら、ミズキは心の中で一瞬だけ、未来を夢見た。
(実は私、君に彗星を追いかける夢を諦めてほしいって思ったこともあったんだ)
彼女はカケルと一緒に、静かで幸せな家庭を築く未来を想像していた。
(でも、その願いが叶うとしたら、私たちはどうなるの?)
ミズキは自問するようにつぶやいた。
カケルと一緒に過ごす、穏やかな日々。自分たちの家庭、そして二人の子供たち。毎年のように丘に行き星を見る、穏やかな時間を想った。
それらは、彼女にとって至福の時だった。
(でもきっと、君の目にはいつもその夢の輝きがある)
ミズキは、カケルへの本当の愛と彼の夢への尊敬が、自身の決断を導くことを感じていた。
そして、彼女は彼女の願いを断ち切った。
彼の夢を生涯かけて支えることを決意した瞬間、彼女の胸に鋭い痛みが走り、涙が流れた。
自分の描いた未来を断ち切ることは苦しかったが、それ以上に彼の夢を信じ、応援することを選んだ。
ミズキは自分の痛みを包み隠すように、カケルの背中に優しく手を回し、穏やかに語りかけた。
「カケル、覚えてる?あの日、彗星アルカンティルと交信した日のこと。あれは確かに特別な瞬間だった。でも、それは君の夢の始まりだけど私の夢の始まりでもあったんだ」
カケルは彼女の言葉に少しだけ顔を上げたが、まだ涙が頬を伝っていた。
「これで終わりじゃないわ、カケル。また立ち上がればいいの」
「……アルカンティルに会うなんて俺の夢を、まだ信じられる?」
ミズキは微笑んだが、その笑顔の中には未練と切なさが滲んでいた。
「もちろん。だって、君の夢を応援するって決めたから。私は君が宇宙に行く姿を見たい。それに、あの時のアルカンティルとの交信が誰かの悪戯だとしても私は、君の夢は本物だって信じてる。だから諦めないで」
ミズキの言葉は優しく、しかし力強かった。
カケルは彼女の言葉を胸に刻み、深く息を吸い込んだ。
「ありがとう、ミズキさん。でも、どうすれば……」
ミズキはカケルの手を握り締めた。
「もう一度挑戦しよう。大丈夫、君ならできるわ。次はもっと強く、もっと冷静に。私も一緒にサポートするから」
カケルはミズキの言葉に少しだけ顔を上げ、彼女の目の中に強い決意を見た。カケルは彼女の手を握り返した。その手の温もりが、カケルの心に希望の光をともした。彼は自分の夢を叶えるために、もう一度立ち上がることを決めた。
「分かった。もう一度、挑戦してみる。ありがとう、ミズキさん」
カケルの瞳には再び輝きが宿り、彼は心に再び誓う。
(絶対、宇宙へ行って、君に会いに行くんだ、アルカンティル)
*
その夜、ミズキは丘の上に立っていた。
星空を見上げ、流した涙を拭う。彼女の目には静かで強い決意が宿り、青色や白銀色にきらめく星のように輝いていた。
「カケル、私は必ずそばで、君の夢を支える。私が君をアルカンティルに連れていく」
* * *
その後、カケルは再び宇宙飛行士の試験に挑み、見事に合格したのだった。
* * *
【15年後】宇宙の水際
カケルは宇宙船の窓から地球を見下ろしていた。
目の前に広がる無限の宇宙空間に息をのむ。地球は青く輝き、白い雲が優雅に流れている。カケルはその美しさに言葉を失い、ただただ見惚れていた。
「これが宇宙か……」
カケルは心の中で呟いた。
カケルは操縦士として宇宙ステーションに初任務に向かっていた。カケルは初めての宇宙に緊張しながらも、彼の胸は高鳴っていた。
宇宙船のコックピットから、宇宙ステーションが徐々に姿を現した。巨大な構造物は宇宙の闇に浮かび上がり、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
「ステーションだ!」
カケルは興奮を抑えきれず、叫んだ。
その様子を見て、隣に座るミッションリーダーが答えた。
「そうだね、カケル。これからドッキングに入るよ。準備してくれ」
宇宙船はステーションに接近し、ドッキング用の姿勢を整えた。ステーションの巨大な姿が次第に近づいてきて、宇宙船はその影に覆われていく。
「見て、あそこにドッキングポートが見える!」
副操縦士が興奮気味に指さす。
カケルは緊張と興奮が入り混じった気持ちで操作を続け、徐々にステーションとの距離を縮めていった。
カケルはシートベルトをしっかりと締め、目の前のディスプレイに表示されたステーションの映像をじっと見つめていた。ステーションが徐々に大きくなるにつれ、彼の心臓は鼓動を速めていた。
間も無くして、ステーションのコントロールセンターからの通信が入ってくる。
『こちらステーション。姿勢制御は完了。現在の相対速度は0.1m/s。ドッキングポートまで50メートル』
「ハロー、ステーション、こちらコックピット。了解。姿勢制御完了。速度と距離確認」
カケルは冷静に応答したが、内心の緊張は隠せなかった。
再びステーションから入った通信は、親しみを込めた声でカケルに呼びかける。
『大丈夫、カケル。君ならやれる』
「ありがとう」
カケルは深呼吸をして、集中力を高めた。
ディスプレイには、ドッキングポートが徐々に近づいてくる様子が映し出されていた。カケルは微調整スラスターを使い、慎重に機体の姿勢を調整した。
『現在の距離、20メートル。相対速度、0.05m/s』
無線からの報告が続く。カケルは手汗を感じながらも、操作を続けた。彼の目はディスプレイと計器に固定されている。
『ドッキングまで10メートル。さらに減速せよ』
「了解、減速」
カケルは慎重にスラスターを操作し、速度をさらに落とした。ステーションの巨大な構造物が目前に迫ってきた。
『5メートル、速度は0.02m/s。良好な姿勢を維持。ここまで上手くやれているよ』
「サンキュー。5メートル」
カケルは息を呑んだ。最終調整に入る。
『1メートル、速度は0.01m/s。ドッキング準備』
「了解、1メートル。ドッキング準備完了」
カケルはスラスターを微調整し、最後のアプローチを行った。
「コンタクト確認、ロックオン。ドッキング実行」
少しの静寂の後、カケルは大きく息を吐き出し、顔に笑みが浮かんだ。
「ドッキング完了。こちらカケル、無事ドッキング成功した」
コクピット内のクルーからホッと息が漏れた。
その瞬間、無線から歓声が上がった。
『よくやったわ、カケル』
懐かしい響きの声が祝福した。
優しくて力強い、自分を支え続けてくれた声。
カケルの心臓は高鳴り、宇宙ステーションのエアロックが開くのを待ちわびていた。ロックが解除され、彼はステーション内に足を踏み入れる。
ステーションの内部は静かで、無重力の環境が体を軽く感じさせた。カケルはゆっくりと進みながら、心の中で一つの名前を繰り返していた。
そして、目の前のドアが開き、その先にミズキがいた。
彼女の顔には温かい笑みが浮かんでいて、カケルを迎えるために手を広げていた。
「ミズキ…!」
カケルの声は震えていた。
ミズキは彼に近づき、無重力の中でふわりと彼の腕の中に飛び込んだ。二人はしっかりと抱き合い、久しぶりの再会に涙を流した。
「ミズキ、ここにいるなんて……本当に会えて嬉しい」
カケルは彼女を強く抱きしめながら言った。
「ずっとこの瞬間を夢見ていたんだ」
「私もよ、カケル」
ミズキは微笑み、彼の目を見つめた。
「君がここに来るのを、ずっと待ってた」
ミズキはカケルを支える決意を胸に、宇宙開発の第一人者としてのキャリアを築き上げていた。現在は宇宙ステーションの船長として、300日を超える任務に従事している。
ミズキの声は涙で詰まっていたが、その目は輝いていた。
「カケル、宇宙ステーションにようこそ。ここが私たちが追い求めてきた宇宙の水際よ」
「そうだね、確かに感慨深いな。アルカンティルはまだ星の海のはるか先だけど、俺たちは夢に一歩ずつ近づいてるんだね」
「もうすぐだわ。私たちなら、きっとアルカンティルにたどり着けるよ」
その言葉に、カケルは力強く頷いた。
「アルカンティル、待っててくれ。僕は君に会いに行く」
カケルの目には涙が浮かんでいたが、それは悲しみの涙ではなく、希望と決意の涙だった。彼の心には、遥か彼方の星空で輝くアルカンティルの姿が常にあった。
*
宇宙ステーションでのミッションを終え、カケルとミズキはさらに実績と経験を積み上げていった。
そうして年月が経ち、ついに、彗星アルカンティルを追う計画「プロジェクト•アルカナ」が発足した。
(第3話(最終話)に続く)
本編
◀︎前(第1話:プロローグ)
▶︎次(第3話(最終話):プロジェクト•アルカナ)
サイドストーリー(ミズキ視点)
▷サイドストーリー(1)
▷サイドストーリー(2)
▷サイドストーリー(3)ラスト