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「鬼人追儺録」第②話【創作大賞2024・漫画原作部門】

鬼人追儺録きじんついなろく 

 鬼と人が紡ぐ魂の復活と希望の物語。鬼の血を引く少年カイリが、人の気高き魂に火を灯す和風ファンタジー冒険譚。

▶︎第2話あらすじ

 追儺の少年カイリと犬のチェスは、生贄の風習が残る村にたどり着く。そこで、家族を次々と生贄で失った<臆病者>と呼ばれる男と出会う。今夜、彼の娘が生贄に選ばれることを知ったカイリは、男の悲しみと怒りを受け止める。カイリは男にヒノクニのこころを見出し、力を貸すことを約束する。

▶︎本編

第2話 臆病者おくびょうもの(前編)


 ◆臆病者

 この村には、古くから山の神に生贄を捧げる慣習がある。俺が子供の頃、母が生贄にされた。その後父は病に倒れ、孤独になった俺を支えてくれたのは村の優しい娘、チヨだった。やがてチヨとは夫婦になり、子が生まれた。しかし、その喜びも束の間、今度はチヨに白羽の矢が立った。どうしてもその運命を受け入れられず、彼女を連れて逃げようとしたが、山の神を前にして俺は動けなくなった。彼女が山の神に捧げられる瞬間を、ただ泣いて見ているしかできなかった。

 それ以来、村の者たちは俺を「臆病者」と呼んでいる。

 そして今夜もまた生贄が捧げられる。白羽の矢が立ったのは、15歳になったばかりの俺の娘だ。村中が浮かれ騒ぎ、盛大な宴が開かれる中、俺は何もできずに門番として立っているだけの自分を憎らしく思う。俺はきっと、根からの臆病者なのだ。



 ◆生贄を捧げる村

 少年カイリと老犬チェスはもう限界だった。食事にありつけずに丸三日険しい山道を進んでいた。二人は山を超えた先に小さな村を見つけた瞬間、安堵の声を上げた。

「あ、あったぞ。村だチェス」
「た、助かったワン」
「そこの者、止まれ」

 村の門番の<臆病者>が二人に気づき、槍を構えて近づいてくる。
 彼は神経質な様子でカイリたちを見つめた。

「よそ者か。村に何用だ」
「路銀が尽きてしまってな。村で休ませてくれんか」
「腹もペコペコワン」
「それは大変だろう。しかしその大きな刀は何だ」

 カイリが背負う大太刀を見ると、<臆病者>はさらに警戒心を強めた。
 ぐう……と腹の音が聞こえようと構わず取り調べを続けた。

「こいつで路銀を稼ぎたいんだ。ほれ、ちょいと離れて見てくれ」

 そうしてカイリは大太刀を巧みに操り、曲抜きを見せる。簡単には抜けそうもない五尺ほどもある刀が、まるで生き物のように滑らかに抜刀され、ふたたび鞘に納められる。その洗練された技術に<臆病者>は目を見張る。

「……見事なものだ。しかし、油断はできん」

 その時、遠くからカイリの技を見ていた村の人々が賑やかに集まってきた。村人らは、カイリの技術に興味を持ち、歓迎した。

「なんだなんだ。曲芸師か」「今日の宴にちょうどいい。来てくれ」「こんな坊主に何ビクついてんだ『臆病者』」「もう門番に戻っていいぞ」

「……わかった」

 つまはじきにされる<臆病者>をよそに、カイリとチェスは浮かれる村の人々によって村に招き入れられた。





 村は音楽や踊りや人々の喧騒に包まれていた。村の中心にある広場に案内され、ひと通り曲抜きや芸を披露した後、カイリとチェスはようやくありついた食事に舌鼓をうつ。独特の強い香りの香辛料に、濃い味つけの料理だったが、空腹の身体の隅々までしみわたるようだった。

「うめえ!」「うまいワン」

 遠慮せず食えと勧められるまま、どんどん運ばれてくる料理を満足そうにほおばる。その横で村人たちが、カイリの大太刀を珍しそうに調べている。

「どうやって抜くんだこの刀」「重くて持ち上げられない」

 刀はその長さと重みで抜くことができない。それを見ていた数人の村の子どもたちが、珍しそうに集まってくる。

「気をつけろ。その剣はおんしら大人には抜けんだろうが、子どもは抜いてしまうぞ」

 カイリが注意したそばから、子どもたちは数人で刀を持ち、引き抜こうとする。
 刀が抜けかけた瞬間、カイリがすばやく動いてそれを収めた。

「ーーあっ。あぶねえ!ほらな。子どもは力を合わせるからな。ほれどけどけ。刀を納めるから」

 カイリが曲芸のように刀を納める姿に、子どもたちは歓声を上げる。そして今度は「あの犬もかわいい!触っていい?」と言って、お腹がいっぱいで寝そべっていたチェスに集まっていく。チェスは特に気にした様子もなく、目を閉じてされるがままになっていた。カイリはその様子に、ふう と軽いため息をついた後、近くの村人に話しかけた。

「ところで今日は何の祭りなんだ?」
「ヤマガミさまににえを捧げる日だよ」
「ヤマガミさま? 贄? 何だそれ」
「村の治安を守る風習でさ。村から女をひとり山の神に捧げて災難を治める儀式だよ」
「なんだか、かわいそうだな」
「でもそれがこの村の運命だ。名誉なことなんだよ」

 村の伝統文化とはそんなもんか、とカイリは食事を続けた。


 その時、広場に一人の老人が現れた。村人たちが丁寧に頭を下げる姿から、その人物が村長であることがわかった。杖をついていたが、その足取りはしっかりしており、表情にも活力と威厳があった。村長は品定めするようにこちらを見てから、鋭い口調で話しかけてきた。

「ただの曲芸師ではなさそうじゃな。お前さんたちは何者じゃ?」
「ワシはカイリ、追儺ついなだ。そっちはチェス」
「追儺だと? もう絶えたと思っておったが……。この村に何用で来た」
「ただ立ち寄っただけだ。でも、山の神ってのが人を食うらしいな。もしかすると、羅刹ラセツかもしれん。ワシが斬ってやろうか?」

 ーーその言葉に、賑やかだった広場に緊張がはしる。
 村人は一斉に静まり返り、村長が真っ赤な顔で額に血管を浮かび上がらせている。

「貴様! 村の守り神になんたる言い草だ!!」

 村長の怒号が響き渡る。

「こいつを捕らえろ!」

 村人たちはすばやくカイリを拘束した。

「今夜の儀式が終わるまで牢に閉じ込めておけ。『臆病者』に見張らせろ」

 カイリは牢屋に連れていかれながら、チェスの方を見ると、彼は呆れた声で「くぅ〜ん(バカたれ、またいらんことを言いおって)」と鳴いていた。そして村の子供たちに撫でられながら気持ちよさそうにあくびをした。

 ーーあんにゃろう、すっかり馴染みやがって。




 ◆牢の中


 カイリは牢の中で、じっと外を見つめていた。縛られてはいないが、刀を取り上げられてしまったので、何だか心もとなかった。その時、見張りをしている<臆病者>がゆっくりと近づいてきて、問いかけてきた。

「坊主、なぜあんなことを言ったんだ?」

 カイリはため息をつき、正直に答えた。

「ワシは鬼だが、人とともに生きる世界を作りたい。だから羅刹がいれば斬らにゃならんのだ」

 その言葉に<臆病者>は驚いたような表情を浮かべたが、やがてその目に決意の色がみえ、牢を開けて中に入ってきた。

「……お前が鬼なら、その姿を見せてくれないか」

 <臆病者>の言葉に、カイリは眉をひそめた。

「どうしてだ?」
「母が生贄にされた時も、妻が生贄にされた時も、俺は鬼の姿を見たんだ」

 そう言って、<臆病者>は槍を向ける。

「鬼を倒さなければ、大切なものを守れないとずっと思ってきた!」

 その言葉にカイリは深く考え込んだ。<臆病者>の中に感じる、深い悲しみと怒りを受け止めることに決めた。

「分かった。お前がそこまで本気なら、ワシも本気で応じよう」

 そう静かに答え、鬼の力を解放した。全身から蒸気がたちのぼっていく。額に角が現れ、瞳は赤く輝き出した。

「まさか本当に……!!」

 その姿に<臆病者>は驚愕し、震えながらも意を決して槍を突き立ててきた。カイリはその攻撃を避けずに受けた。胸に槍が突き刺さり、辺りに鮮血が舞う。一瞬うろたえた<臆病者>の腕をとって、地面に引きずり倒す。そして素早く抑え込むことで、鬼と人の力の差を見せつけた。

「はあはあ……。今度こそ俺は家族を……娘を守るんだ……!」

 もがき、涙を流しながら叫ぶ<臆病者>の姿に、カイリは心を動かされた。彼の中にヒノクニのこころが燃えているのを感じた。カイリは優しく語りかけた。

「お前の気持ちは分かった。ワシもお前の力になりたい」
「ふざけるな、鬼め!」
「お前の家族を奪った鬼が何なのかはわからん。だがワシはお前の味方だ」

 カイリのその言葉には強い意志が込められていた。胸の傷は彼が<臆病者>の気持ちを正面から受け止めた証だった。そのことに気づいた<臆病者>の心は揺らいだ。

「どうして……?」
「言っただろ、人と鬼がともに手を取り合いたいのだ。桃太郎と鬼、ワシのじいちゃんらがそうだったようにな」

 <臆病者>は驚いたようにカイリを見つめた。

「あんた……鬼人きじんか」
「ああ。ワシは鬼人、追儺のカイリだ」

 そう言ってカイリは鬼の姿から元に戻り、<臆病者>から手を離す。

「お前の魂を守りたい。それにヤマガミやらと羅刹は関係しているかもしれん。ワシはそれを確かめたい。そしてお前の娘を守るためにも一緒に戦おう」

 <臆病者>は一瞬ためらったが、やがてカイリの言葉を信じる決意を固めた。

「ありがとう。すまなかったな、カイリ」
「いいさ。もう時間がないんだろ、行こう」

 そうして二人は牢を出た。生贄の儀式が行われる場所に向かおうとしたその時、鬼の力の反動がカイリを襲い、その場で気を失って倒れた。

 日が沈み、生贄の儀式はまもなく始まろうとしていた。空には三日月がのぼっていたが、池の水面はそれを一切映さず、深い闇の色をしていた。



ーー第2話 臆病者(前編)了ーー
(第3話に続く)


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