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【観た映画:トーベ】 ムーミンが生まれた現場は、人間臭いオトナの場所だったという物語

酒をかっこみ、たばこをふかし、レコードをかけて短髪を振り乱して踊り、既婚者と恋愛する女性が、あの「ムーミン谷」の物語を生んだ作者だなんて、想像がつくでしょうか!?

ムーミンといえば、愛らしい姿のキャラクターたちが、緑深いムーミン谷で楽しくほのぼの暮らす平和と愛の童話。フィンランドの代名詞でもあります。
そんなムーミンの生みの親は、まるでムーミンファミリーのような暮らしを地でゆく人なんじゃないかと、誰もが想像するのではないでしょうか。
森の中の一軒家で、エプロンをして、ケーキやパンをご機嫌で焼いて、小鳥や魚たちと遊んで・・・
いえいえトーベ・ヤンソンは、それの真逆を行く人でした、というのがこの映画でみっちり描かれています。

彼女は著名な彫刻家の父を持ち、自身も絵画を学び、戦後のフィンランドで若い日々を過ごします。爆風で壁に穴が空いたアトリエを借りて自分の城を築く様子が冒頭描かれておりました。
なかなか本業で売れない彼女。酒をかっこみ、たばこをふかし、既婚者と恋に落ち、また著名な舞台監督の女性とも恋に落ちるという、はちゃめちゃな生活を送っています。著名な芸術家の娘というプレッシャーも重くのしかかる。
そんな彼女がはしがきのように書き溜めていたのが、ムーミンのキャラクターたち。のちにムーミン谷の物語の原型となる破片たちなのでした。まるでオトナの人間くささにまみれ苦しみながらも、自分の奥の方に隠れていた「こどもの感性」が、「ここにいるよ!」と飛び跳ねてくるかのように・・・

油画の世界で芽が出るより先に、ムーミンの物語が新聞連載となり、経済的にも成功します。のちに演劇にもなり、上演は観客総立ちの大成功。「絵画で成功したいのにな・・・」という切なさを心に持ちながらも、童話作家としてのスターダムを駆け上がっていくトーベ・ヤンソン。
そんな彼女は依然として恋愛ではぐずぐず燻っていますが、成功への架け橋をつなぐのは、他でもない、恋愛関係にあった才能あふれる人たち。結ばれはしなくても、彼らがムーミンとトーベ・ヤンソンを世に押し出した名プロデューサーなのです。きっと恋人としてではなく、才能を発掘するという役割を持ち合わせたご縁の深い人たちなのでしょう。

同じくフィンランドの実在の女流画家を描いた映画「魂のまなざし」の主人公の孤高の画家ヘレン・シャルフベックと彼女の恋の相手であり才能を発掘した青年エイナルの関係と、トーベの生き様を重ね合わせずにいられませんでした。
トーベもヘレンも、恋する相手との実を結ぶことはできなかったし、それによって深く傷つく場面も描かれ、生涯独身を貫きます。しかし、そんな恋の相手たちとの出会いによって彼女たちはアートの才能という実を結び、歴史に名を刻み、後世でも人々に愛されている偉大な芸術家となってゆくのです・・・
本人たちは切ない思いをしただろうけれど、物語を眺める観客としては、「なんて尊い人生、なんて尊い出会いなんだ!!」と膝を打つのでした・・・

童話の絵を純粋な芸術と認めなかった頑固者の父とは、生前、わかりあえなかったようです。ですが父の死後トーベは、父がムーミンのイラストやらチラシやらを丁寧に切り抜いて、集めて貼ったスクラップノートを発見して、嗚咽します・・・お父ちゃん不器用すぎる。同時に、彼女が心から報われて安らぐ様子を観客は目撃します。
このシーンはわたしも泣きそうになりました。

誰もが心安らぐおとぎ話は、穏やかな空想の世界ではなく、苦悩と世俗の真っ只中のリアルな人間の生き様から、しぼりだされた清いひとしずくのように、生まれていたのでした。なんだか腑に落ちたのでした・・・・・

End…




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