註6の1
(註6の1)政治とは何か、人間支配とは何か
神がかりや神降ろしが集団の成員を畏れさせ、これらに関して権威者がいても、それだけではこの集団に政治はない。政治というのは、ある程度まで地上の暮らしの知恵が蓄積して天上に対する自律性が高まり
「案外地上のことは地上でやれる」
という自覚が、神がかりや神降ろしをほんのわずかでもおのれ(利害調整)に都合よく利用しようとし始めたときに生ずる。それがわたしの政治の定義である。
政治を生み出すこうした意識は、蓄積された地上の暮らしの知恵(少なくとも身も蓋もないようなその日暮らしを脱して多少は決まったサイクルを持ちある程度の生活の安定に至ったその形)があり、かつその地上生活で、しばしば面倒な利害の調整が求められる……といった古代の人間社会であればどこにでも成立したと思われる。
また神がかりや神降ろしとつながる天上との交通の感覚が現代人にはもう無いなどと考えたら大間違いだ。日本人が天皇を現人神とし神がかりの「聖戦」を行なった対米(主として)戦争は、政治がほぼあやまたず日本人の神がかり体質に相応の世界観を組み立てて見せたのであり、天皇が人間に過ぎないと常識で考えてきた人々も見事に黙らせてしまった。これに対してあとからの言い訳は成り立たないし、かつそれは
「文明的に遅れたニッポン」
だからこそ起こったアナクロニズムという訳でもなかった。もともと神がかり(シンボル思考)と事実認識(地上の論理)の間のバランスが異なる西洋文明の基準からはそう見えるだけなのだ。
神がかりと事実認識の間に政治があるのは当時のアメリカ帝国でも同様であり、当然アメリカ人にはアメリカ人の神がかり体質があったから、政治が
「騙し討ちで真珠湾を攻撃した卑劣な日本」を演出することに成功したとき、見事にアメリカ人の
「正義の神」
が降りてきて国民の動員に成功した。
合理的な近代の西洋人には神がかりなどないと思われてきたのは、たしかに近代科学が地上の物質現象と地上から観察される宇宙を高い精度で説明づけ、地上生活の自律性を飛躍的に高めたからだ。
しかしこれは同時に、根は神がかりや神降ろしに発するシンボル思考がそれだけ地上で追い詰められ(儀式や儀礼を行なう敬虔さを失い)、より説明不能の雰囲気や気分の中に根を張っていくしかなくなって行った……ということでもある。
天上との交通をより多く取り込んでいた通過儀礼が失われると、それを補おうとするかのような成長の物語であるところの近代小説が出現した、その必然を指摘したのはミルチャ・エリアーデだが、同様にたとえばかつて神事であった占いは個々人の地上適応(成功か失敗か)のあまり当てにならない予想道具として、趣味やエンターテインメントといった領分で通俗化していったし、教会で神々しいものに出会えなくなった人々がある種のクラシック音楽を聴いてあたかも神が降りてくるかのように感じるようにもなった。
けれども政治に追い詰められてどんどん矮小化されてきている天上との交通は、今後どこかで大きく反攻に転じるだろうし、小さくならこれまでにも繰り返し反攻してきた。カトリック教会の人間支配(神の名を借りた人間支配)に反攻してプロテスタントが起こったとき、坊主の指図を受けずに自ずと神がかりになる人たちが沢山現れたように。
むろん個人においても、地上の論理だけをひたすら追いかけ適応と成功だけに賭ける姿勢を何十年も迷いなく続けた後に、なぜか或るとき
(もうそのくらいでイイだろう)
というような声を聞いてガラリと生き方が変わって行く人たちは大勢いる。
政治(人間支配)や地上の適応論理を拡張していく姿勢と、天上との交通を手放すまいとする姿勢とはクルマの両輪のように一対で自然なものだとわたしは考えている。
つまり人間という存在は神がかり(シンボル思考)と、それと同時に生まれた事実認識(シンボルとは最初から相容れない)とによって人間として出発し、まずは神がかりが人間の暮らしの大枠を決め事実認識にはわずかな自律性しか与えられない長い時間が流れ、その後の歴史時代(神話に対する歴史こそは政治の産物だ)以降はずっと現在まで、おおむね神がかりの領分を事実認識で追い詰め封じ込めていく方向で地上の人間支配が進んできたのだろう。
しかしこの両者はどちらかがどちらかを抹殺することがない以上、この方向であまりに事実認識の方に傾き過ぎれば必ず神がかりの方へと反動が起こる。言い換えると、人間にはシンボル思考の方へ傾くか逆に事実認識の方へ入れ込むか、二つの方向性しかなく両者の間でバランスを取り続けるのが人間だ。
★註6は短いものにして終わろうと思っていたところ
また悪い癖で深みにハマり論議がグズグズになって
しまいました。やむなくここまでを註6の1として
載せ、このあと2か3でなんとかまとめたいと思っ
ております。
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