11.美術室(1)
登場人物
・白尾 哲 不良グループのメンバー。頭脳派
・根津 拓斗 不良グループのメンバー
・宮内 隆 不良グループのメンバー
午後6時45分。C棟(実習棟)1階の廊下を男性生徒3人が歩いていた。すっかりと周囲が暗くなり、もちろん廊下は休校日で人もいない。
「美術室に着きましたね」
先頭を歩く白尾哲はそう言った。白尾の後ろを歩く根津拓斗、宮内隆の2人は無言うなずいた。根津は黒いサングラス、宮内は長髪の前髪で二人ともその表情を読み取ることはできなかった。二人とも性格は大人しく無口なほうだが不良グループのなかでは根津と宮内は腕の立つほうだ。つまり、頭脳派を自負する白尾にとって根津と宮内の二人は理想的な用心棒といったところで、白尾は日頃からこの二人をよく引き連れていた。
彼らのボスでもある神道伸也は、この3人をまとめてドラキュラ白尾、オオカミ男根津、フランケン宮内と裏でからかっていた。プライドの高い白尾の前ではそのことは秘密だったが。
「美術室のドアが開きませんね」
白尾は怪訝な顔をしてそう言った。確かに美術室のドアは鍵がかかったかのようにびくともしなかった。
「山田、外ノ池、中にいますか?」
ドンドンと数回ドアをたたくが美術室の中から反応はない。白尾は後ろに立っていた根津と宮内のほうを向いて、おやおやという顔をした。
神代高校の校舎には入り口がオートロック式になっている部屋がいくつかある。特にA棟(中央棟)にある校長室やC棟(実習棟)の理科室、美術室といった特別な部屋は貴重品や危険物が置いてある関係でオートロック式になっていて、職員室の集中管理コンソールから遠隔操作で施錠・解錠ができるようになっている。
今日は休校日だからこの手のセキュリティー付きの部屋は軒並み鍵を掛けられているのかもしれない、白尾はそう思った。
まてよ、だとすると・・・。先に来ているはずの山田や外ノ池は職員室に美術室の鍵を開けに行っているのかもしれない。
チッ。白尾は内心で舌打ちをした。もし山田と外ノ池が神道に言われたとおりに美術室で肝試しの仕込みをやり終えていたのなら、美術室のドアの鍵は解放されているはずだ。よって美術室のドアがまだ施錠されているということは肝試しの仕込みが完了していないのかもしれない。
白尾がそう考えたちょうどそのとき。
ガチャ。
美術室のドアの内側から鍵の開く音がした。
白尾はその音を聞いて再び美術室のドアに手をかけると、今後はドアは開いた。
「山田!外ノ池!いますか!?」
白尾は美術室入り口の電灯のスイッチを入れた。
部屋の電灯が灯ると美術室の中は明るくなった。
山田も外ノ池も美術室にはいなかった。美術室は静かで人の気配はなさそうだ。
白尾は怪訝な顔をした。美術室のドアの鍵はどうやや内側からではなく遠隔操作で解除されたようだ。ということはちょうど白尾たちが美術室に到着したタイミングで、職員室にいるだろう山田と外ノ池が美術室の鍵を解錠したのだろうか。
まあよい、まずやるべきは美術室の確認だ。
「とくに変わったところはないですね」
白尾は美術室に入ってすぐに立ち止まるとそう言った。
美術室の中央には巨大な絵画のようなものが置かれていた。分厚いカーテンのような布で包まれていて、中の絵を見ることはできない。
布で包まれているといえば、美術室の部屋の奥のほうにも何やら物が積まれたような山ができていて、それもカーテンのような布で包まれていた。美術室には様々な作品が置かれていて、布で包まれて保管されていることもよくあることなので、それなのだろうと白尾は思った。美術室奥の山の膨らみの一部が人の腕の形に見えなくもなかったが、まあ人体の作品なのかもしれない。
白尾がパッと見たところ美術室に特に気になるものはなかった。
ポン。
突然、白尾の肩を誰かがたたいた。
一瞬ドキッとしたが不振り向くとそれは宮内だった。宮内は美術室の右側の壁を指さした。
「これは・・・ギリシャ人の彫刻ですかね。おやおや顔に血がついていますね」
白尾は石膏のギリシャ人の彫刻に近づいて、彫刻の顔を調べた。
「この血のりはおそらく絵の具ですね。これが”シンシン”の言っていた肝試しの仕掛けのことでしょうか。おそらく山田と外ノ池がやったのでしょう。あいつら、ちゃんと肝試しの仕込みはやったようですね。ということであれば、この部屋に山田と外ノ池の二人がいない以上、長居は無用ですね。さあ帰りましょう」
白尾は彫刻の前でそう言ったが、宮内は彫刻の前で血のりを指で触り匂いを嗅いだりしてその場を離れようとしなかった。どうやら宮内は本当に絵の具なのかが気になっているようだった。絵の具に決まっているのだが。
もう一人、根津は中央の巨大な絵画の前に立っていた。絵画はロープのような紐で厳重に縛られている。
「それは何でしょうね?」
白尾は彫刻の前で突っ立って血のりを観察している宮内のことを放っておいて、今度は根津と絵画のところに近づいていった。
この紐の結び方は、なるほど。
「厳重に縛ってあるように見えますが、実はこの紐のある部分を引っ張ると、力をかけずに紐が取れるようになっていますね。これは手品でよく使われるテクニックです」
白尾はそう言った。
「あ、バカ!紐をひっぱったらだめでしょう」
時すでに遅し。根津は白尾に言われた箇所をつい引っ張ってしまい、するすると紐がほどけてカーテンが外れた。
そしてそこにから古い洋館の絵画が現れた。
そのとき、かすかだが美術室が振動したように感じた。
地震だろうか、白尾は一瞬身構えたが、そのあとは特に何も起こらなかった。気のせいか。
「ああ、これはどこかの洋館を描いた絵画でしょう。いわゆる精密画というやつですね」
白尾はちらっと絵画を眺めたがさほど興味を持たなかったようで、すぐに絵画から視線を外した。
「さあ、いつまでもここにいても時間の無駄ですから教室に戻りましょう」
白尾はそう言ったが、根津のほうは無言で絵画の前に突っ立って熱心に絵を眺めていた。
一方で宮内もまだ彫刻の前に突っ立っている。
白尾はスマホを取り出した。さっきから山田と外ノ池に状況を確認するメッセージを何回か出しているが、二人とも白尾のメッセージに対して未読のままになっていた。まったく何をやっているのか、あいつらは。
「時間の無駄です。私は教室に戻りますからね。あなたたち、好きなだけ美術鑑賞でもしていなさい。でも中にあるものには触るんじゃありませんよ。山田と外ノ池の肝試し用の仕掛けがあるかもしれないですから。台無しにしたらあなたたちのせいですからね」
白尾はじゃっかん不機嫌になり、そう吐き捨てて一人、美術室を出て行こうとした。
ガチャガチャ。しかし美術室のドアは開かなかった。
白尾は少し混乱した。オートロック方式のドアは普通中から外には何もしなくても出られるようになっているはずだが。
ガチャガチャ。やはりドアは開かない。
何かの手違いだろうか?白尾は再びスマホを取り出した。これは面倒だが教室にいる誰かに来てもらって美術室のドアを開けてもらう必要があるかもしれない。
おや?スマホの電波が・・・圏外になっている。美術室の中だからだろうか。
そのとき。
シュッという鋭い音が白尾の後ろから聞こえた。
続けて、ドスッという鈍い音も聞こえた。
そして、コロコロという乾いた音が近づいてきて、根津のサングラスが白尾の足元に転がってきた。
白尾が振り返ると、そこにはカボチャの仮面をかぶった身長2メートルはある長身の男が立っていた。
緑色のマント、右手には巨大な鎌、そして左手には根津の生首が握られていた。普段サングラスをしていて表情のよみとれない根津であったが、その生首の目は開いておりまさに恐怖に歪んでいた。
美術室の入り口にいた白尾も、ギリシャ人の彫刻の前にいた宮内も、いったい何が起こったのかわからず二人とも固まってしまった。
カボチャ男は無言のまま踵を返して、根津の生首を持ったまま何と絵画の中に吸い込まれるように消えていった。
床には根津の首なし死体とサングラスが残った。
人が絵画の中に消える?
白尾は目をぱちくりした。
肝試しのトリックだろうか?白尾はそのことが一瞬頭によぎった。
絵画の中に消えた怪人、床の首なし死体、まったくこれらは現実的にあり得ない光景だ。
だが・・・これは断じてトリックではない、根拠はなかったが白尾の本能がそう訴えた。
「・・・お、おい、宮内、どうなっているんですか」
震える声をなんとか絞り出しながら白尾はずるずると後退りした。白尾のすぐ後ろは美術室のドアだ。白尾は手探りで後ろのドアに手を出して開けようとした。
ガチャガチャ。しかしやはりドアは開かない。
なぜドアが開かないのだ・・・。
蹴り飛ばしてもドアは開かないだろう。ここのドアは鋼鉄製の特別なものだ。
美術室に閉じ込められた!
閉じ込められる恐怖、そんなものを白尾も宮内もこれまでに味わったことがなかった。
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