04.始まり(4)
登場人物
・山田 まこと 不良グループのメンバー
そうだ、今のうちに逃げないと・・・!
カボチャ男が消えた先にある古い洋館の絵画に目をやりながら、山田まことは中腰のまま少しずつ美術室の入り口へと向かって後ずさりを始めた。
大男のカボチャ男がいったいこの美術室のどこに消えてしまったのか。山田の脳裏に小さな疑問がわいたが、慌てて考えるのをやめた。そんなことはどうでもいい。今、ここに無差別殺人鬼がいないことが重要なんだ。逃げるなら今しかない。
山田の現在位置は美術室の真ん中、この位置から廊下への入り口までは、たかだか数メートルほどの距離である。しかし、山田にとってはそれは遥か遠い彼方に感じた。
山田は力を振り絞り、腰を浮かして少しずつ廊下の方へと進んだ。足腰の震えは止まらないし、両手もガクガクして力が全然入らない。それでもだんだんと進むペースは上がってきた。
そうだ、美術室から出さえすればいい。それだけのことだ、がんばれ俺!
山田は美術室の入り口まであと少し、2メートルほどの距離までたどり着いた。
震えてはいるがだんだんと足の感覚も戻ってきた。
山田は腰に手をあてて、中腰の態勢からいよいよ立ち上がろうとしていた。あと少しだ。
その時、カサカサという小さな音が山田の右のほうから聞こえた。
山田はすかさず音のする方へ視線を移す。
そこにはギリシャ人の白い彫刻が見えた。ギリシャ人の彫刻の額から真っ赤な血が流れている。
山田は一瞬驚いたがすぐに気持ちを持ち直した。ギリシャ人の額から流れる地、そうだ、ついさっき自分が作った仕掛けだ。これは美術室の入り口に仕掛けた釣り糸のトラップに誰かが足を引っ掛けたら、連動してギリシャ人の彫刻から絵具の赤い血が流れ出る仕掛けだ。
まてよ、ということは美術室に誰かが入ったということか?
山田は這いつくばったまま、体をよじらせて何とか美術室の入り口の方に顔を向けた。
そこには釣り糸を踏みつけた二本の足が見える。誰だ?山田は視線を足から胴体、そして顔へと移した。
そこにいたのはさっきのカボチャ男ではなかった。
「お、お前は・・・」
山田まことは緊張と恐怖で乾ききった口から、かろうじて言葉を発した。それは"逃げろ"とか"助けて"ではなかった。
美術室の入り口に立っているその相手は山田に向かって静かに右手の人差し指を向けた。そしてその指先は下から上へと徐々に上がっていった。指先はそのまま山田を通り過ぎ、山田の後ろの方を指して・・・止まった。
「う、後ろ・・・?」
這いつくばりながら山田は後ろを向いた。
山田まことが最後に見た光景はカボチャ男が自分にむかって鎌を振り下ろすところだった。
シュッ、という風切音。
ゴトッ、床にものが落ちる鈍い音がした。
そして美術室に再び静寂が訪れた。
場所は変わって再び3年A組の教室。あい変わらず生徒達は楽しそうに騒いでいた。
「皆さん!お静かに・・・しなくても良いのでせめて教室から出ないでください!」
教壇に立つ学級委員長の隅田川尊は時計をみた。
もうすぐ午後6時になるがハロウィンパーティーはまだ始まりそうになかった。
「生徒の皆さんの出席状況は・・・」
隅田川は教壇に置いている名簿を見つめた。
「欠席の生徒を除くと・・・、まだ数人来てないですね。もう開始時刻なのにトホホ」
隅田川は名簿を指でなぞりながら昭和のようなため息をした。
「ああ、彼もまだ来てきませんね・・・」
名簿をなぞる隅田川の指は、一人の生徒の名前を指して止まった。
“篠崎 真二”
(つづく)
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