03.始まり(3)

登場人物
・山田 まこと 不良グループのメンバー
・外ノ池 大志 不良グループのメンバー
・神道 伸也 不良グループのリーダー

 背後に得体の知れない気配を感じて山田まことはとっさに振り返った。

 何だ!?

 床に転がっているクラスメイト外ノ池の無惨な首なし死体。そして絵画の洋館の中に飾ってあった彼の生首。突然の非現実的な出来事を山田は全く消化できていなかったが、そこにまたひとつ、理解不能なことが追加された。

 美術室の入り口にひとりの怪人が立っていた。

 茶色いカボチャの頭、体にまとった白いシーツ、緑のマント。身長は2メートルはあるだろうか。その“カボチャ男(女かもしれないが)”の右手にはあるで死神が持っていそうな大きな鎌が握られていた。

 今日はハロウィンだ。

 普通なら山田はカボチャ男のコスプレが本格的すぎると大笑いしたであろう。

 しかし今はそんな状況ではなかった。

 カボチャ男の右手に握られた鎌をみて、すぐに山田は外ノ池の首が切断された死体を連想した。そして洋館の絵画の中で見た外ノ池の生首。すぐ目の前にたっている巨大な鎌を持ったハロウィンの怪人。連想ゲームの続きには外ノ池と同じ目に遭わんとしている自分の姿が見えた。

 山田まことには日頃から学校では不良を自称していたが、実は修羅場といえるような経験がなかった。彼らのボスである神道信也が率いる“シンシンズ”という巨大な不良組織は、ある意味、そこに属して忠誠心さえ示せれば安全だった。そして山田は自ら喧嘩や犯罪を起こすタイプの生徒ではなかった。
 山田まことは不良っぽさに憧れてはいたが、不良そのものになりたいわけではなかった。神道伸也というカリスマ不良リーダーの傘の下で適度な刺激があれば充分だった。
 そんな山田にとって、今の状況は生まれて初めて訪れる、しかもブッチギリの修羅場であった。

 自分の足元にはクラスメイトの首なし死体があり、今いる美術室からの唯一の出口に立ちはだかる鎌を持ったハロウィンの怪人。

 「・・・お、おい、なんかの冗談か?なあ、き、肝試しで脅かす相手は俺じゃねえだろ・・・」
 精一杯の勇気を振り絞り、震える声で山田は唯一の望みにかけた。外ノ池の死体が冗談ではないことは百も承知の上で。とにかくこれは間違いだ、そうあって欲しい。

 しかしハロウィンの怪人、カボチャ男は山田の呼びかけに何も応えず、静かに山田のほうへ近づいてきた。

 カボチャ男の持つ鎌が美術室の電灯の光に当たって反射した。なのにそれはちっとも眩しく感じない。白いシーツに緑のマントという間抜けな色彩のカボチャ男は、そのひょうきんな風貌に反してまるで黒い死神のようだった。

 ダメだ、俺は殺される。山田はそう確信した。

 近づいてくるカボチャ男に反撃をするような力も湧かず、山田はへなへなと美術室の床に座り込んでしまった。

 ”恐怖で固まる”とはこのことか。

 蛇に睨まれたカエルは逃げればいいのにバカだと思っていたが、間違っていた。ああそうか、わかったよ。恐怖で逃げたくても逃げられないのだ。

 右手に大きな鎌を持ったカボチャ男は無言で山田に近づいてきた。山田はカボチャ男に対して何のリアクションも起こさなかった。目をつぶって安らかな死を待つわけでもなく、最後の力を振り絞って立ち向かうわけでもなく、誰かの助けを請うわけでもなく、・・・本当に何もしなかった。できなかったのだ。

 カボチャ男はまさに山田のすぐ目の前、1メートルほどの距離にまで近づいている。

 カボチャ男を間近に見て、山田はもう一つのことに気付いた。

 カボチャ男は右手に鎌を持っていたが、左手には生首を持っていたのだ。

 カボチャ男の左手に無造作に髪の毛ごと掴まれたかわいそうな生首は、髪の毛で顔が隠れていてそれが誰なのかはわからなかったが、おそらく3年あ組の女子生徒の誰かであろう。

 ああそうか、こいつは女子でも関係なく殺すんだ。無差別殺人という言葉が山田の脳裏に浮かんだ。

 次は俺か。

 山田まことは何も出来ずに床に座り込んだままだった。

 カボチャ男は無言のまま山田のすぐ目の前にまで近づいてきた。

 そして・・・、カボチャ男は山田を避けてそのまま通り過ぎて行った。

 過呼吸になるかのようにハアハアと息をしたまま、山田はしばらくの間動くことができなかった。

 1分か、2分が経ったあと、山田は床に座り込んだまま、ゆっくりと弱々しく後ろを振り返った。

 ・・・そこには誰もいなかった。

 外ノ池の首なし死体と古い洋館の絵画があるのみだった。

 助かった。
 本能的に山田はそう理解した。

 助かった!

 山田まことの脳裏に浮かんだ微かな希望は、ついさっきまで無抵抗だった山田をつき動かすエネルギーへと転化していった。

 そうだ、俺はここにいてはいけない。美術室を出るんだ。そしてこのことをみんなに知らせなければ。

(つづく)

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