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たかが元カノと会うだけで(前篇)

男の人って女の人よりもどうしてロマンチックなんだろうと思うときがある。
確かに思い出はキレイだ。ときめいたり、素敵な言葉や瞬間に敏感になることは、鈍感な私にとってその神経の一本でもわけてほしいものだ。

 私の夫は特にその傾向が強い。
 

彼は私と同い年で、職場で知り合った。年は同じであるものの、夫は大学を一浪して入学したため、入社は私の一年後になる。
会社では先輩後輩であったが、「見た目几帳面そう、実際大胆」な私と、「見た目いい加減そう、実際大変気遣いさん」の夫という変なギャップ持ちつ者同士で波長が合い付き合い始めた。そして私が入社四年目、夫が三年目の時に結婚し、二年がたった。私自身家庭に入る気はさらさらなかったし、子どもを作る予定もなかった。それよりも家計が大変なので、今でも同じ会社勤め続けている。帰りは一緒になったり、一方が早く、一方が遅いということもあったりまちまちだ。


「あぁ、何か観たんだ。」
私が後から帰ったとき、玄関のドアを開けてくれた夫の目は潤んでいた。こんなことは日常茶飯事だ。
「今日は何。漫画?小説?」
リビング向かいながら夫に尋ねたが、リビングテーブルの上に映画のパンフレットが置かれていたのが目に入った。
「これを観に行ったのだね。」
「まさか主人公の女の子がさ・・、好きだった男とあんな再会するなんて思わねぇよ。」
「キミは本当に感動モノに弱いねぇ。」
私はおふざけ口調で言いながら笑うと、夫は鼻をすすりながら言い返した。
「あのストーリー展開は恵李だって泣くよ。」

「もう何回泣けば気が済むんですかー?」
この口調を続けながら夫の顔を見ると、口を尖らせて
「感動するものに理由はねぇよ。」
と呟いた。
「意味わかんないわよ。」
私は(ちょっとかわいいな)と思いながら、夕飯当番の夫が作ったおかずを出し、食事の仕度をはじめた。


彼は『やさしい話』がとかく大好きだ。
小説・映画・アニメ問わず、特にそのテの少女漫画は私より詳しい。学生の頃は自作の小説なんかも書いていたようだ。
結婚前に二人で映画を観に行くと、ことあるごとに泣くため、映画館を出て一緒に歩いていると、私が泣かせているように見えて非常に困った。
しかも偶然夫の友人がそれを目撃したらしく、「越谷を泣かせた、神経質そうな女」として良からぬ噂が出回ったこともあった。夫は私を気に掛けてくれてたようだが、私は、
「人の噂もナントカで気にしちゃいないわよ。」
と言い、気にとめていなかった。実際結婚した時に、私を「鬼嫁」だとか夫を「尻に敷かれる男」と言う人もいなかった。
 

ただ、そんなこともあるためしばらく二人で映画を観にいくことを避けていたのは事実だ。そのかわり部屋でDVDを観るようになったため、隣に思う存分に目をうるませる彼がいるのは変わらなかった。


「なぜお前は感動しないのか」

と夫から言われたが別に感動しないわけではない。心に残る名シーンだって、名台詞だってあるが、心の中で静かに留めることで落ち着いてしまい、涙を流すまでに行かないのだ。そのため事あるごとに感動を、言葉や表情で表現できてしまう夫の感受性の強さに感心してしまう。

 

「ところで今更なんだけどさ、昔から『やさしい系』が好きだったの?」
一緒に食後のお茶を飲みながら夫に聞いた。
「そうだね。妹とよく漫画の貸し借りしてたしな。」
「早期英才教育だったわけね。昔から映画館でも泣いてたりしてたのかなぁと思ってさ。」
「泣くって・・、今も号泣したりはしないだろ?!」
「そうねぇ。まぁかわいいらしいものよね。」
「なんだよそれ!子どもじゃねぇんだから。」
夫は子供みたいちょっと必死になっていた。
「私と付き合う前もこんなことなかったの?…っていうか、私より前に付きあってた子とかいたっけ?」
「いたよ!・・一人だけどさ。ただ・・。」
夫は何か言いかけたが止めてしまった。
「どうかした?」
私は夫の顔を見ていった。
「うん・・、まぁ・・この話はやめとくよ。ちょっと辛いしさ。」
「そんな悲恋だったの?」
「うん、まぁそんな感じかな。」
「聞いたことなかった。まぁ、お辛いなら別に聞かないし。ごめんね。」
私が謝ると夫は、
「恵李が謝んなくていいよ。なんか機会があれば話すかもしんないけど。」
そう言うと夫はナッツの袋を開きだしたし、話題も私の好きなアクション映画の内容に変わったためその話は終ってしまった。
素直で気がまわる人ので、付き合っていた子の一人や二人いただろうとは思っていたが、私自身聞く必要はないと思っていたのでこの手の話題にはあまり触れたことがなかった。
しかし、実際にいたと本人から聞くと、なんだか不思議な感じでちょっと新鮮だった。

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