はるやすみ おとな実験室「エントロピーを飼おう!」
深夜1時。犬と触れ合う動画を見て思った。
「命、飼いてえ~~~~~!」
しかし我が家にはすでに猫様が鎮座しているし、なにより新たな生命を飼う余裕などない。生命には時間と金と空間が必要なのだ。
私はしずしずと風呂場に向かった。
深夜2時。浴槽の中で天井を仰いでいると、ふと思った。
「無機物ならいけるのでは」
ユーリカ!
無機物は食事も環境もいらないので、思う存分、愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけずにかわいがることができる。生命がダメなら疑似生命だ!
石ころ、たわし、消しゴム……私のエゴを押し付ける物質には何が最適か、考えながら浴槽のフチに手をかけた。
深夜4時。ベッドの上に座って、ちらり机に目を向ける。
あ。と思った。 エントロピーだ。
理由はない。理由はないのだが、突然頭にエントロピーが降って湧いた。というかそもそもエントロピーって何???よく分からない。Wikipediaを見てもぜんぶ線文字Aに見える。意味わからん。
何も分からない。それでも、エントロピーを飼うぞ!とバカのひとつ覚えのように唱えて、ベッドに横になった。
―――――・・・
水槽……は家にないので、棚の奥で見つけた瓶に水を張る。
エントロピーの卵も掘り出してきた。
はるやすみ おとな実験室、開催!
はるやすみ おとな実験室 第1回
「エントロピーを飼おう!」
そこで暇してる良い子のみんな!春休みの自由研究のテーマはもう決まっているかな?
花、虫、天体…と生命が芽吹き動き出すこの季節は、あらゆる事象の観察に適しています。しかし、今回は生(なま)の生命ではなく、疑似生命の芽吹き、そして終焉の観察を試みたいと思います!
今回使う疑似生命はコチラ!ダンッ! 「エントロピー」です!
エントロピーとは、なんか乱雑にぶわーって広がって元に戻らない現象のことですね。やたら難しい方の理科で飼育されているイメージですが、一般家庭でも飼いならすことは可能なのでしょうか?
さっそく検証してみましょう!
実験手順:水槽(瓶)に水を張り、そこに色水を垂らしてエントロピー増大の観察を行う。エントロピー増大の視認ができなくなったら再び色水を垂らす。これを水が染まりきるまで繰り返す。(何度か繰り返したほうが飼育感が出るので)
実験期間:1日1回色水を垂らすとして、2~3日を想定。
実験環境:自室の机の上で、よく見えるように上方からライトを当てて観察を行う。猫の侵入に備えて自室のドアは閉めておく。
実験器具:水槽→棚の奥で見つけた瓶。エントロピーの卵→小学生のときに使っていた習字セットの墨。(以下の写真を参照)
▲水の気泡は観察の妨げになるので、瓶を優しく一回転させて気泡を潰しておきます。
さて、準備が整ったようです!それでは、いざ生命を生み出してみましょう!
投下!
シャバァ (思ったより出てしまったな…)
卵から孵ったばかりのエントロピーは中心に集まり、周囲の様子を伺っています。かわいいですね。
周囲を安全と判断したのか、エントロピーはその形を紐解き大海に泳ぎだしていきます。
瓶の底に拡がる黒が、さながら夜の淵のようですね。こうして、エントロピーは底に根を張り、その成長の基盤としていきます。
そして少しずつ下から上へと浸食を始めます。
上から垂れ落ちる深緑が、なんだかアオサに見えますね。
こうして見ると、色が拡がる過程は細胞分裂にも似ている気がします。今は染色体が上下に分かれたところでしょうか。やはりどんな生命もある程度は同じ構造を有しているのかもしれませんね。(?)
そろそろ自分が何を言っているのか分からなくなってきたぞ!
ここで、根に引っ張られるような形で、天井部分が大きく崩壊を始めました。バラバラだったものが一つの生命へと進化しようとしているようにも見えます。頑張れ!
ああー 綺麗だなあ。
ここまで拡がると、焦って連写しなくても撮影できるくらいの拡散速度に落ち着いていきます。底のない沼とも深い森ともつかないテラリウムの世界は、混沌と静けさを閉じ込めて、その生命ごと。
少し置くと、このようになりました。どうもこれ以上はエントロピーの増大は視認できなさそうなので、この日はこれにて終了です。
上部から少しずつ墨の色が拡がり、瓶の中を薄緑に染め上げつつ、底に溜まった黒が水中に浸食して境界線を曖昧にしていますね。
それでは良い子のみんな、また明日~!
エントロピーが寝静まったのを確認して、私も寝ることにした。
明日はどんな表情を見せてくれるのだろうか。楽しみだな。たとえ無機物でも、生き物らしい活動を観察することはできるもんだな。なんだか可愛く見えてきたようなーー。
翌朝
ちょっぴりわくわくしながら、エントロピーの様子を見に行った。
のだが。
し、死んでるーーーーーーー!!!?????
昨晩の生命の輝きはどうした!?!?!?私のエントロピーはどこ!!??
瓶をゆっくり持ち上げてみるも、聞こえるのは たぽん とただの色水が揺蕩う音のみで。私は察するのであった。これこそエントロピー増大の極限、色が乱雑に混じった結果、瓶の中が同じ色で統一されたのだ。
生命は儚い。そっと黒ずんだ瓶を元に戻す。陽の光が瓶に反射して、一瞬水に薄緑が差したような気がした。諦念と一縷のやるせなさを握り潰して、思った。
いや、結局エントロピーって何?????